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香港旅、バーデンダーさんに救われた話

2019年5月、社員旅行のため私は人生で初めての海外旅行を経験できた。行き先は美食とネオンの街・香港、とちょっとマカオ。

海外デビューということで楽しみな気持ちはもちろんあった。ガイドブックにネットで調べた気になるスポットを書き足したり、大きなスーツケースを購入したり、パスポートの写真を気合入れて撮影したりと、着々と準備を進めていた。

ただ一方で、その当時、私は結構にやさぐれていた。前年に負った手痛い失恋の悲しみは癒えないし、恋活とやらはうまくいかないしで、もう誰からも愛されないんじゃないかと壮大な思い込みに囚われていた。(なんて狭い思い込みなんだろ)

かくして期待半分、やさぐれ半分な心と共に渡航。降り立った空港は20時を回っても蒸し暑く、南にやってきた感はあったものの、漢字表記の看板や、行き交う人の顔立ちもどこか日本人に近しいものを感じて「来たで海外!」というワクワク感はそれほどなく、冷静に状況を受け止めていた。

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翌朝から旅が本格的にスタート。夜ごはんだけみんな集まってごはん食べしようね〜というフリーダムな社員旅行だったので、この日、私は一人、香港島を中心に気になるスポットをめぐった。

満島ひかりがしなやかに踊っていたモンスターマンションや、ローカルなごはん屋さんなんかを訪れて、新鮮な風景やごはんのおかげで、少しずつ少しずつやさぐれと距離を置くことができていた。

そして夕方、この旅が一生忘れられないものになるであろう出会いが。

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15時ごろ、上環(ションワン)にあるバー「Mrs.Pound」へ。気になるリストにしっかりと入れていたスポット、勇気を出してカウンターに座ってみた。

長髪のラフな格好ながらもおしゃれな、お顔はパンサー・菅さん似のバーテンさんがパッションフルーツのカクテルを出してくれた。

バーテンさん、私をなぜか日本人と見抜いたようで、「どうぞ〜」なんて簡単な日本語と英語を交えつつ、話かけてきた。「どこをめぐってきたの?」「明日はどこに行くの?マカオ?あそこはカジノだらけさ〜」なんてやりとりをしつつ、おすすめスポットまで教えてくれた。

「これも飲んでみてよ」と大葉を浮かべたカクテルも作ってくれて、私、感無量。(しかも後からレシートを見たらシソカクテル代は入っていなかった)

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「そろそろ帰るよ〜」とお会計を済ませたら、店先までお見送り。しっかりお見送り。…ん?バーテンさん付いてくるよ?最寄り駅まで送ってくれるのかと思いきや、何と先ほど話していたおすすめスポットまで案内してくれるという!ただただもてなし心に感無量。

道中、つたない英語で会話もできた。
「僕は台湾出身なんだ。台湾もいいところだよ」
「北海道から来たの?すごい寒いんだよね?ペンギンが歩いているんだっけ?」
なんて他愛のない会話がとても心地よい。

楽しいね!て笑いかけたら心底、嬉しそうな照れたような言葉にならない笑顔を見せてくれた。あの顔、きっと忘れないよ。

ほどなくして目的地へ。ん?なんだか廃墟のようなビルでちょっと、いや結構怖くなった。これは犯罪みたいなことが起こってもおかしくないかもしれない。お金盗られちゃうのか、売られちゃうのか。いつでも逃げ出せるように気を張りながらも着いていくと、気になっていたスポットは移転してしまっていたようだった。

ごめんね、本当にごめんねと肩を落とすバーテンさん。人はここまで誰か−しかも出会ったばかり−のために優しくできるものなのか。私はここで、行きの飛行機内で読んでいた『深夜特急1 香港・マカオ』(沢木耕太郎)を思い出していた。

−−−筆者は訪れた香港で、知り合った失業者から屋台でご馳走になった。食事後、失業者は何も言わず去ったために一瞬、「たかられた!」と筆者は疑ったが、実は代金はツケ払いで、と店主にお願いしていた。疑った自分が恥ずかしい、といった出来事。

私、今、似たような気持ちになっている!

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最後にバーテンさんはコーヒー好きな私のためにとっておきのカフェに連れて行ってくれた。「僕の友達の店だからゆっくりして行ってね!僕はバーに戻るよ」と颯爽と去ったものの、私がきちんと注文できているか確かめにちょっと引き返してくれた優しさも残して。

時間にしてたった1時間ほどの出来事だっただろうか。ここまで知らない人に、知らない土地で優しくされたことなどなかった。「もう誰にも愛されないよ」なんて思っていたやさぐれ心に強烈に沁みた。初の海外旅でなんと向こう見ずな、と親や友人には咎められたが(悪い人だったら本当に危険だったと思う)、あの時間はあの時の自分にとって本当に必要なものだったと思う。

今もたまにやさぐれつつも、どうにかこうにかやってこれているのは、こんな温かな記憶があるからなのかもしれない。

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あれから2年とちょっと。私の帰国直後に香港の状況は目まぐるしく一変した。コロナの影響にプラスして、なかなか足を伸ばせない距離の遠さを感じている。バーテンさんに優しくしてもらった後、夢見心地で歩いたエリア辺りで衝突する様子が連日、ニュースで報道されていた様子はとても心苦しいものだった。

どうやらバー「Mrs.Pound」は閉店してしまったようである。あのバーテンさん元気かな。「台湾もいいところだよ」と言ってくれた言葉を確かめに、一人、出かけた話はまた今度にでも。

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