見出し画像

らしさの武装と嗅覚 13


いいかおりぃ~。 ハーブティのカップを顔に近づけ瞼を閉じて、ふぅっと頬を緩める彩ちゃん。そんな微妙な香り、私には分からない。味も色もうんと薄めの紅茶ぐらいの感想しか出てこない。それはたぶん大きくは違ってないけど、そういう言葉で済ませてしまって良いものじゃないことも分かってる。こんな感じのことが、私にはホント多過ぎる。

彩ちゃんは長野君と2人で、富岡さんの式と披露宴に出席したんだとか。めったに出来ないお洒落が大っぴらに出来るんだから楽しいじゃん。そう言って彩ちゃんは笑ってた。それなら、田中さんも彩ちゃんたちと一緒に行けばよかったのにねって言うと、彼女の欠席の理由はそこじゃないからね、と彩ちゃんがまた笑った。

どうだった?  富岡さんの結婚式に興味があるのか? 私。きっとその後… が気になるんだろうな、幸せなら良いなって。結婚したんだから、幸せに決まってるんだろうけど。

彩ちゃんがスマートフォンを軽く操作して、私の方に向けてくれた。画面の中に、白いドレスに身を包んだ富岡さんがいた。富岡さんもこんな顔をして笑うことがあるんだなんて、失礼なことを考えてしまった。彼女の隣には体格の良い男性と…。 え? 思わず彩ちゃんの顔を見る。彩ちゃんが軽く頷いた。新郎新婦の間に可愛らしいブルーのドレスを着たフラワーガールが立っていた。

その女の子、新郎の…

え? 他人ひと様の結婚にあーだこーだ言う権利は誰にもない。ないけど…。

凄く懐いてるみたい。富岡さんのドレスの膝の上に乗ったりして。そのにドレス着せてあげたかったんじゃないかって、話してる人もいたよ。

彩ちゃんはどんな気持ちで長野君と2人で行こうと思ったんだろう。そんなに深い付き合いがあったわけでもないはず。だから、行けたのかな? ただの同僚だから、何の思い入れもないから…。欠席には理由があるけど、出席にはさして理由はないのかもしれない。予定もないし、おめでたいことなんだから行けば良いんじゃない? 的な…。

そういえば、旦那さんのことをユウキ君って呼んでた。彩ちゃんがぼそっと呟いた。そりゃあ、そういう名前なんだから、別に良いんじゃないかなと思ってると

 イントネーションが、なんか変な感じだったんだよね。下の名前ならユウキ⤵︎君って、「キ」で下がらない?それが、「キ」で上がってるというか、ずっと平板というか、上手く説明できないんだけど、 ちょっと違和感あるなって。最初、彼と2人で結城君も来てるのか? って、会場内を見回しちゃたもん。

名前のユウキと姓の結城。確かに言われれば違うかも。でも、人や地方によってイントネーションは変わるかもしれないから…。

子持ちの旦那さんを君付けで呼ぶのってのどうなんだろうって、思っちゃったんだよね。彩ちゃんはそこまで言うと、お好きにどうぞって話なんだけどね、と笑った。

式場が新しくて綺麗だったこと、料理が美味しかったこと、知り合いが少なかったから、反対に伸び伸び楽しめたことなんかをつらつらと話してくれた。彩ちゃんみたいに特に何の関係もなければ、私もそう思えたかもしれないけど…、祝いたくないわけじゃないけど…、素直におめでとうを言えない自分が、そういう所に顔を出してはいけない気がして…。

見せたいんだろうなって思ったのよ。だったら見てあげるよって感じかな。本当に見せたいのは私たちじゃないんだろうけどね。まぁ、こっちも久しぶりにヘアセットまでしてお洒落出来て楽しかったから、おあいこかなってね。 麻奈ちゃんも、来れば良かったんだよ。久しぶりに会ってみて、あの人はやっぱり麻奈ちゃんとも私とも違うところで生きてるんだなって思ったよ。

私は、ずっと前から彩ちゃんみたいになりたいって思ってる。ウジウジつまらないことで悩んだり、すぐに怒ったりしないで、何でもさら~っと受け流して笑ってる。本当に同い年なんだろうか。どこで何の徳を積めばそんな風になれるんだろう…。私もきっと彩ちゃんとは違うところで生きてるんだよ…。

幸せなんて人それぞれだから、どんな形でも本人がそれで良いんなら良い。 相手がバツイチ子持ちだとか、知り合って半年も経たない間に結婚とか…。 それを選んだのは彼女で、誰かがそんな風にレールを敷いたわけでもないし、敷かれたからって簡単に乗れるものでもない。何を選んで、何を支えに、何のために生きていくかを決めるのは彼女。誰かを見返すためにとか、吹っ切るためにとか、私の中の彼女像だけで勝手に気持ちを決めつけてしまうのは違う…それぐらいは、私にだって分かってる。虫の音の間に逃げ損ねた私にはもう、そう思うだけで精一杯。

富岡さんは、結婚を機に会社を辞めていた。一応、花束とか貰って笑顔で職場を去ったらしい。もう、社内で会うこともない。もともと彼女が異動になってから会うことはなかったから、日常的には何の変化もないんだけれど。もし、コロンのことがなかったら…、あったとしても私がそれに気付いていなかったら、まだ友達としての付き合いは続いていたんだろうか。彩ちゃんみたいに、おうちに遊びにおいでって誘ってもらったり、流行りの映画やスィーツ話で盛り上がったり…。いやいや、たぶんその可能性は低い。結局は、デスクが近い同僚以上の関係には成っていなかったと思う。だから、たまたまあれが終わりの合図になったってだけ。

そんなことより…と、彩ちゃんがテーブルに身を乗り出して、仕事どうするの?と、小声で聞いてきた。別にヒソヒソ話さなくてもと思いながら、釣られて私もつい小声になった。

まだ、わかんない。

そっか…。でも、麻奈ちゃん辞めちゃうかもなんでしょ? それは、ちょっと寂しいなぁ。

私が会社を辞めるかもしれないことを寂しがってくれる人が、ここに1人居た。そのことが嬉しくて、ありがとね、って小さな声で呟いた。

結城が退社するつもりのようだ。大学時代の友達の会社に行くんだとか。元々そのつもりでうちの会社に入ったらしい。みんな色んなことを考えて就職を決めたりするんだ、凄いなぁって感心してると、お前も来いよ、と誘われた。今の関係性のまま仕事をしてくれれば良いからって…。はぁ?だ。そのうえ手回しの良いことに、待遇とかお給料とかの細かいことを、その友達とやらがついこの間わざわざ説明しにやって来て、良ければ一緒にと握手までされた。むぅ…。

どうしよっかなって、思ってて…。私は今の気持ちを丸ごと彩ちゃんにぶつけてみた。結城は急がなくって良い、どちらでも良いって言ってること、でも、あいつが辞めたら私の仕事内容も変わるだろうから、そこへの不安が物凄くあること、だからって、結城にくっ付いて回るっていうのもどうなんだろうって思うこと……

麻奈ちゃんさぁ、結城君のこと異性として見たことないでしょ?

私の話を聞き終わった彩ちゃんが、なんだかとっても嬉しそうな顔をして聞いてきた。男として?結城のことを?

ないない!絶対ない!

じゃ、ただの気の合う仕事仲間じゃん。4年近く一緒に居て、向こうからそう言ってきて、麻奈ちゃんが嫌じゃないなら、転職っていうのも悪くないと思うよ。気心の知れた相手と組んで、ずっと仕事できるなんてそうそうないと思うけど。結城君は、それだけ麻奈ちゃんを買ってるってことなんだと思うよ。結城君のこと嫌いじゃないでしょ?

確かに…。結城のことは嫌いじゃない。好きかって聞かれると、色々語弊が出てきそうだから即答は出来ないけど。

まぁ、急かされてないんなら、ゆっくり考えれば? でも、環境を変えれば、今グダグダ思ってることも、消えていくかもよ?

彩ちゃんは、行っちゃえ、行っちゃえ、と拳骨で私の左肩をトントンと二度ばかり押して、ニマッと笑ってから、

でも、もしこのまま会社に残るのなら、これからは田中さんに気をつけなよ。あの子、今時珍しい絶滅危惧種のOLだから…と、ちょっと怖い目をして私のことをじっと見た。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?