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じゃあ明後日に、ROWSCOFFEEで。

お茶碗をきっかけにおしゃべりをするという、きっと変だけどきっと面白いだろうコンテンツを趣味としてはじめました。
「あなたのお茶碗見せてください」と聞いてまわる、記念すべき第1回です。

お茶碗をはじめることになった経緯はこちらから⇨ニトリのお茶碗が割れた


「やりたいこと、なにかないの」
「いろんな人のmy茶碗を見せてもらいたいと思っていて…」
「なにそれ!どういうこと?」
まだ暑さが残る9月、前職を辞めてとあるコーヒー屋でお世話になることになった私は、そのコーヒー屋のオーナーである渡部さんとお店の近くの立ち飲み屋にいた。お酒をのみながらふと聞かれた問いに「お茶碗」というワードがすっと出てきたのは、オーナーのお茶碗を聞いてみたいと心の片隅にいつも思っていたからだ。
突然のお茶碗がやりたいなんていう発言を否定も肯定もせず聞いてくれた渡部さんに「お茶碗を見せてください」とお願いしたら「よくわからないけど」と笑って承諾してくれた。

vol.1 渡部さん

「お茶碗なんて考えたことなかったよ」
いつものように緩やかな口調でぽつりと言葉を置きながらタオルをくるくると解いてころんとお茶碗を取り出してくれたのは、風が穏やかな秋の日、ROWSCOFFEEのテラス席でのことだった。
ROWSCOFFEEとは渡部さんがオーナーを勤めるコーヒー屋だ。もうすぐ8周年を迎える。

「富士山みたいだと思っていたけど自然光で見るのは不思議だな、思ったより鮮やか」
左手でテーブルにそっと置いたそのお茶碗は澄んだ川を上から覗き込んだときのように艶やかなエメラルドブルーと深い土のようなブラウンがやわらかいバイカラーに配色されたデザインで、私は「意外だ」と思った。
「渡部さんのイメージになかったです」
「自分では選ばないかも、でもそれがいいよね」
結婚祝いで友人から贈られたいわゆる‘夫婦茶碗’だというそれを眺めたり少し手に持ってみたり、なんとも落ち着かない様子で話し始めてくれた。「奥さんのも同じ色だね、サイズが少し、小さいかな、こうやって重なるくらい」と見せてくれたのは食器棚で重なるふたつのお茶碗の写真だった。

これからお茶碗を見せていただく方には「日常のお茶碗を写真に撮ってきてください、自分が1番よく目にする瞬間でお願いします。」とお伝えすることにしたのだけど、渡部さんは食器棚に並ぶ姿と食卓に並ぶ姿の2枚を撮ってきてくれた。
「こっちは白米寄りになっちゃった、ご飯を美味しそうに見せたくて」確かに白米が輝いているその食卓は、白米と一緒に食べるのが最高だろうと想像するおかずたちが並んでいる。「お茶碗は脇役で、ご飯が主役なんで」にやりと冗談めいた言葉と共に見せてくれたその一枚はこの話をする前夜の食卓の光景らしかった。
「朝はパンかな、遅くなっても夜はだいたい家でご飯を食べるよ」お茶碗を目にするのが夜ご飯の席だと知ると、取り出したお茶碗を「思ったより鮮やか」と言ったことにも頷ける。

写真の中に佇むお茶碗は、その部屋のその食卓にとてもよく馴染んでいて、いま目の前にころんと置かれているお茶碗よりもずっと凛々しかった。

写真を眺めながらふと、それを贈った友人というひとにきっと信頼があるのだなぁと思う。「なにがきっかけとかではないけど仲良くなった夫婦だね、もう12,3年になるかな。東京に住んでいて」渡部さんは結婚の話を特に大きく周囲に話していないようだったから、‘結婚の報告をした人’というだけでもきっと大切な友人だろうと想像する。

 お茶碗を買うタイミングに、例えば引越しのような新しい生活がはじまるときというのがあるから、節目の贈り物としてお茶碗はきっと無論ぴったりの存在だろう。でもいざ贈るとなると、当然の選択肢だからこそ他の誰かと被らないかとか気に入ってもらえるだろうかなんてことを考えてどきどきする。

「奥さんと住み始めたとき、ちゃんとした茶碗はひとつしかなかったんだよ。だから贈ってもらってちょうどよかった」そのお茶碗が生活の中でしっくりきているようだった。

「前のは割れたんだったかな…このお茶碗のまえは…どうしてたんだっけな…」お茶碗にこだわりがなかったと言いながら腕を組んで考え込む。いま使っている夫婦茶碗になる前のお茶碗どころか実家に置かれているものも含めてこれまで使って来た歴代のお茶碗を全く思い出せない、と言った。

どうして使わなくなったとかどうして新しくしたとか、そういうのって時間が経てば忘れてしまうくらいになんとなくのきっかけなんだろうか。

「でもそうやって茶碗を考え出すと、今後もしこのお茶碗が割れたときにとてつもない悩みだよ」そう言ってまたお茶碗を手にとった渡部さんは自身のことを「思い立ったらやらないと気が済まないタイプだね」とさらりと言う。

たとえば店内のレコードを置くための棚がほしいと言った日、ちょっと探してくると出かけた数時間後にはお店の雰囲気にぴったりの新しい棚が置かれていた。
「行きたいってなったら旅行の予約もその日のうちにするし、車を買ったときもこの車欲しいなと思った翌日には契約したからさ。なんでもそう、お皿も家の家具も音楽も服も、このブランドが好きとかはなくて、たまたま何かのきっかけで目に入って良いなと思ったものを買うよ」
渡部さんはさもあたりまえであるように言い退けたけど、そこまで‘思い立ったら’で行動できる人なんてそうそう聞いたことがない。

探すのが得意ということは「良い」の基準がはっきりしているということだろうか。

極め付けは「会社を辞めたときも、思いついた数日後には辞めますって言ってた」このコーヒー屋さんも「とりあえずやってから考えよう!というね。」

 渡部さんはいつもさらりとしているけれど、きっと明確な信念を持っているとても素直で素敵な人だ。
思い立ったらすぐに行動に移すためのピンとくる基準とか、良いと選ぶものへの共通点はありますかと尋ねたら「意外とね、人の話とかが残ってるかもしれない。聞いてない感じでも興味がありそうなワードだけ、引き出しに残ってる。ここ行けばいいものあるかもって」という回答だった。

たしかに、渡部さんの周りにはいつも人がいる。

ROWSCOFFEEという場所には
コーヒーを飲むという日常を過ごすひと
本を読む場所として求めて来たひと
そして旅行の朝にあんバタートーストを食べに来るひと
他にも、とにかくいろんな人が来店するけれど、‘渡部さんと話すために来るひと’がいつもいる。

私が渡部さんに出会ったのは名古屋にある別のコーヒー屋のカウンター席だった。
渡部さんはお客さんとしてもコーヒーを介して人と話していて「そうなの?!」とか「いいね、それ」なんていうリアクションをたくさんしていたなぁと思う。
ROWSCOFFEEでお世話になることが決まったとき「コーヒーは詳しくないのですが大丈夫でしょうか」と尋ねた私に「コーヒーはひとつのツールだから」と言葉をくれたことがあって、それはきっと「誰かと時間を共にする場所、日常をつくろう」と言ってくれたんだなと今になって思う。

「じゃあお茶碗が割れても案外すぐ動けるかもしれないですね」
「そうだね」
割れたときはすぐに報告してくださいよと言ったらなんでよと笑っていたけど、このとき既に脳内でお茶碗の検索をかけているようだった。
お茶碗を探したことはないと言いながらも「お米屋さんとかで売ってほしいよね、そこで売っていると知ってたら探してる時に行ってみようと思うじゃん」そうやって楽しみながら想像を膨らませる渡部さんはやっぱり魅力的な人だと思った。

 「こだわりはあるつもりなんだけど、意外とない。」ぽつりと言ったその言葉は、働く姿を近くで見ている私にとてもすんなりと入ってきた。「あいつはこだわりあるな、ではなくてフラットでいたい。たぶんね、偏らないようにしてると思う」

ROWSCOFFEEという場所は、「一周回って偏らないということだけはこだわりかもしれないね」と言った渡部さんの人となりそのままのお店だ。
「普通って言われる、いろんな人から、ちょうどいいって。歳っていうかあれだな、見た目とか。まわりにちょうど良い人ってあんまりいないみたいよ、みんな。」
そうだよな、普通でちょうど良いフラットな人ってじつはいない。
世間一般で言う‘普通’はおもしろみがないという意味かもしれないけれど、渡部さんへ贈られる‘普通’という言葉は「おもしろいことをさも普通のこととしてやり遂げた人、あたりまえに日常に馴染んでいる」という意味の普通なのだろうと思う。

そもそも渡部さんを普通だという人たちがみんな志とか楽しそうなあれこれを持っていて、そういうオーラを纏う人たちが集まる日常の中の面白い場所がここROWSCOFFEEなんだろうな。
「普通だよ」と言う渡部さんの「普通」がとても魅力的だと思った。

 コーヒーをおいしく淹れられると嬉しい、そんなことを思いながら今日も営業時間が終わる。お店のシャッターを閉めて「お疲れ様でした」と言いながら「渡部さんはこの後あのお茶碗に温かいごはんをよそって食べるんだなあ」とふと想像していた。「毎日炊くわけではないけどね、多めに炊いて冷凍をして…」そんな風に日常を重ねる渡部さんが淹れてくれるコーヒーはいつも優しさと親しみがある。



《今回のお茶碗の持ち主》
渡部さん / ROWSCOFFEE店主
1984年生まれ
大手食品メーカーに8年勤務した後、名古屋市西区でコーヒー屋を開業
渡部さんのつくるラテは誰しもがカメラを向けたくなってしまうときめきとまた飲みに行きたくなる魔法がかかっている。
初めて訪れた人も常連さんも、老若男女が各々に良い時間を過ごす地域に愛される店をつくる魅力的な人だ。

お茶碗トーク当日の写真など、詳細はInstagramに更新中
@ochawan_misete


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