【読書】2023年の読んでよかった!

2023年の読書数は56冊だった。
思ったほど読めていなかったが、良い本との出会いが多かったので、備忘録としてのマイベスト5。順不同。

近藤聡乃『A子さんの恋人』(全7巻)

アーティストでもある近藤聡乃さんのコミック。
無駄な線のない絵も好みだし、キャラデザも好み。話の筋ももちろん好み。シンプルなのに重層的で、何度も読み返したい作品。

A子さんが、同じ場所で右往左往しながら自らの手で答えをつかんでいく様子が丁寧に描かれていて、読後感も良い。

「読後感の良さ」は私の中で大切な要素。
とくに好みなのはハッピーエンドの気配を感じるオープンエンドの物語。本作はまさにそんな結末で、A子さんに寄り添い続けて読んだ7冊分の時間が報われた。

もうひとつの好みのポイントが「群像劇」。
映画にしろ小説にしろ群像劇が大好き。誰かの人生に対して、他の誰かの人生が濃淡さまざまに絡み合っている様子を尊いと思うから。
A子さんの物語と、藝大の同級生やNYに住むA君の物語が並行して進むのが楽しかった。

劇中劇というのか、作中作というのか。
作品の中で、漫画家であるA子さんの描くもう一つの漫画も進行する。その作中作漫画を通してA子さんの心境の変化が描かれる構造もおもしろかった。

それにしても、A太郎のような人が現実にいたら心底こわいよね…。

すっかり近藤聡乃さんのファンになり、記録的猛暑の最中ミヅマアートギャラリーでの展示へと足を運んだのもよい思い出。

『ニューヨークで考え中』の原画がたくさんだった!

カズオ・イシグロ『クララとお日さま』

ChatGPT、Midjourneyなど生成AIの知名度が爆発的に上がった2023年。
たしかChatGPT4が出る直前の「今でしょ!」なタイミングでたまたま手に取って読んだので、より心に刺さった気がする。

私は、物語にしか描けない世界、感情、機微があると思っている。
事実を明快に述べるよりも、物語という一見まわりくどい表現だからこそ伝わることがあると思っている。
そのことを強く再認識させてくれた一冊。

「不気味の谷」とか「シンギュラリティ」とか「ルビコン川を渡った」とか。
どちらかというとネガティブな文脈で語られることの多いAI技術の発展。だけど、恐れるべきはそこではないのかもしれない。

対AIではなく、対ひとなのかなと。
自分自身の薄情さ、残忍さ、思慮のなさと向き合うこと。
目の前の人のやさしさ、思いやり、寄り添う心、エンパシーを感じ取り、自分自身の中にあるそれらも鼓舞すること。
そういうことのほうがこれからますます必要になるのかも。

柚木沙弥郎『おじいちゃんと私』

染色工芸家の柚木沙弥郎(ゆのきさみろう)さん。Ace Hotel Kyoto内の装飾の多数手がけていらっしゃる。今年おお憧れだったAce Hotel Kyotoにいっちょまえにも宿泊した(すばらしいひとときを過ごせてますます好きになった!)ので、その思い出にと新風館内の書店で購入した。

「御年102歳にして現役のアーティスト」「憧れのホテルの内装に携わっている」「民藝の繁栄に深く関わってきた」などなど、キーワード的にしか存じ上げなかったが、そんな私にも本書はうってつけだった。

1見開きにつき、柚木さんの1歳分の歴史が描かれている。片ページには写真1枚で、もう片ページにはその歳にあったことを綴った短い文章というシンプルな構成で100見開き。つまりは柚木沙弥郎さんの100歳を辿る本。

個人的なできごとから民藝や女子美などでの活動のこと、作品づくりのことなど、ボーダレスに語られる。その語り部は柚木さんのお孫さんである「私」。お孫さんの目から語られる「おじいちゃん」の歴史だ。

妻や子どもでは近すぎる。かといってプロのライターでは遠すぎる。「祖父母と孫」という関係性だからこそ紡げるやさしくおだやかなエピソードの数々にグッときた。

「祖父母と孫」という組み合わせにめっぽう弱い私にはたまらない! この組み合わせって尊すぎません? 街なかや電車内でこの組み合わせを見かけると勝手にうれしくなっちゃう。
きっと私自身が祖父母からしあわせな思い出をたくさんもらったからこそ、そう思えるのかも。私の四人の祖父母に感謝。

それと、装丁がめっちゃくちゃ素敵で、背表紙のビジュが良いんだわ。本棚に並んでいるのを眺めるだけでにんまりする。ええお土産を買いました。

封を切る前のビジュ。この綴じ方かっこいいわあ。


ヴァージル・アブロー『ダイアローグ』

言わずと知れたルイ・ヴィトンの前アーティスティック・ディレクターでもあるヴァージルの対談集。

ファッションセンスは皆無だが、ドがつくミーハーの私。
だもんで、OFF-WHITEも、IKEAとのコラボも、もちろんルイ・ヴィトンの初コレクションも追いかけていたが、そのすべてをただただオシャレ〜!かっけ〜!と超絶低解像度でしか見えていなかったことに対し、本書を読んで恥じた。(えげつないていの〜by令和ロマン)

彼の中から生まれたたくさんのことばに触れて、ヴァージル・アブローはいちデザイナーではなく、いまの世界の状況を浮き彫りにする哲学者であり、今まで知らなかった組み合わせを生み出すクリエイティブな人であり、唯一無二のアーティストだったことがよくよく理解できた。

かっけ〜!で済ませちゃいかんのだが、でもさ、ことばでの表現も逐一やっぱり知的でかっこいいんだわ。アウトプットの洗練されっぷりが終始天才的!
読みながら思わずメモしたことばがたくさんある。

トム_前にオフ-ホワイトは「オープンソース」だと表現していました。どういう意味でしょうか。

ヴァージル_私が作るものには説明書が埋め込まれているということです。だから若い子はその服を見て、これなら自分もできると思えるわけです。シルクスクリーン印刷をしたラルフローレンのシャツから、枯れ葉が散るパリのユネスコ本部で発表した35ルックのコレクションまで、すべてがそうです。
いちばんいい例えは、スケートボーディングです。あるスケーターがだれもやったことのないトリックをしたとします。彼がそれを動画に撮ってYouTubeに載せれば、世界中で10人の子が同じトリックをできるようになる。これがオープンソースです。私はこのありかたを採用しているんです。

トム_そしてそれは盗用とは関係がないわけですね。つまり、かれらはほかの子を「パクっている」わけではない。

ヴァージル_つけ加えているんです。ひとりがアートをつくれば、それを基に別の人物が発展させられる、というわけです。

『ダイアローグ』(トム・サックスとの対話より)

ヴァージル_ディナーパーティの会場で「俺はなんでも知ってるぞ」という男がいたとします。彼との会話を対等に進めるにはユーモアを使うしかありません。ユーモアという知性は、「ああ、それなら私も知っているよ」とウィンクする方法です。多層的なコミュニケーションをしていると、相手に示すこともできます。話題の内容だけでなく会話の文脈まで把握していることを伝えられるからです。

『ダイアローグ』(ジャック・セルフとの対話より)

私はファッションデザイナーというより思想家です。思考を喚起させるためにものづくりをしています。発表したいのは物(オブジェ)ではなく、アイデアです。私の作品は、ジャケットやファッションショーではありません。その根底にあるロジックこそが作品なんです。だからこそ、より多くの人に届けるために作品の表面積は広くとっておく必要があるわけです。

『ダイアローグ』(アンニャ・アロウスキー・クロンバーグとの対話より)

この知性溢れるかっこよさよ…。
つい、いくつも引用してしまう……。
どれもこれも終始思考し続けてなきゃ紡げないことばだと思う……。

時系列で収録されている本書の後半では、前半とは異なる一面も垣間見えるというか、率直な気持ちも吐露されていて、あんなにもスペシャルな人もこんな風に思っていたのかと胸が苦しくなる。

自分に役が務まるだろうか。その場にいるたったひとりの黒人でありながら、ほかの出席者たちに聞く耳をもってもらえるだろうか。制作に必要なリソースをちゃんと与えてもらえるだろうか。そう自問してしまうんです。

『ダイアローグ』より

人種についてなにひとつ間違ったことを言わずに話すのは、ほんの3分でも不可能なんじゃないかと思うことがあります。白人を怒らせたら終わり、黒人を怒らせたら終わりーー。

『ダイアローグ』より

最後に、すばらしい翻訳をしてくださった訳者の平岩壮悟さんに勝手に感謝。英語が苦手な私は英語圏の本に触れる機会は少ないので、気になる本の訳本が出ること自体がまずありがたいが、そのうえで読みやすくて、なおかつ原書の空気感も感じられる本に出会えることは、少ないと思うので。

そういう意味では年末に読んだ『ザリガニの鳴くところ』(ディーリア・オーエンズ:著 友廣 純:訳)も、美しい翻訳のおかげで物語の世界に入り込むことができた。日本語しか読めないいち読者として、才能溢れる翻訳者さまたちに圧倒的感謝…!

宮尾登美子『松風の家』(上下巻)

感想はここここでさんざん書きたい放題に書いたので追記したいことはないが、茶道に入門した今年だからこそ、より心に残った一冊だと思う。

2024年も、一冊でも多く好きな本と出会えるといいな。

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