オブさんエッセイ 夜の路上ミュージシャンを見た②
左手親指が動かなくなったのは、ちょうど大学病院診察日の前の晩だった。翌日、大学病院整形外科のリウマチ外来で主治医の診察を受けた。オレの話を聞き、左手親指を診て、主治医は言った。「腱が切れてる。すぐに繋がないといけない」。その場で、入院するリウマチ専門病院の説明と入院・手術前後の日程の説明を受け、オレは村上市にあるその病院に入院することが、あれよあれよと決まってしまった。
職場の長に事情を説明し、休職の手続きを済ませ、オレは4月1日からリウマチ専門病院に入院した。この際、必要なところを全部手術しよう、ということになった。まずは9日に、切れた親指の腱の修復、同時に左肘の滑膜除去と左手首の動きの改善手術。その後、術後リハビリを経て、右肘・右手首に左手同様の手術、さらに、ほとんど上がらなくなった右肩の人工関節置換術という、一年がかりのスケジュールだ。手術にそれほどの不安はなかった。数年の付き合いで、主治医のことは信頼していた。不自由さを増した関節が、それなりに回復するのならありがたい、と思っていた。
そして9日。1回目の手術の日が来た。整形外科的には簡単な術式らしく、部分麻酔での手術だ。事前に「好きな音楽をかけていいですよ」と言われていたので、オフコースのCDを持参してかけてもらった。手術中、主治医は看護師さんと呑気に、この日の夜の歓送迎会の話などしていたが、それもオレにとってはむしろ安心感をもたらした。朝9時に始まった手術はお昼前に終わった。
さて、手術後の約2週間、左腕は包帯と樹脂ギプスとでぐるぐる巻きになっていたが、いよいよ外すときが来た。主治医が電動ノコで樹脂で固まったギプスを切り開く。ようやく開放された左腕を見ながら、少しずつ動かしてみる。腱が繋がった親指はどうやら動くようだ。肘の手術跡は見えないが、手首の手術跡の縫い目はくっきり鮮やかだ。この後はしっかり動かせるようリハビリが始まる。肘はまだ曲げ伸ばしできない。手首はどうだろう。ギターを弾くにはまず手首だ。
◇ ◇
左腕のギプスは取れた。翌日からリハビリだ。瀬波にあるこの病院は、温泉による温浴リハビリが売りのひとつだ。まだ固まったままの肘と手首を温泉で温めてほぐし、作業療法士の先生の指導で少しずつ動かしていく。滑膜を取り除いた肘は、術後の腫れがひけば、元通りとはいかないが、そこそこ動くようにはなるらしい。
さて、手首だ。尺骨の手首に繋がる部分を切って、捻り動作ができるようになった。そこまではいい。問題なのは、手首を内側に折り曲げる・外側に反らせる動きが全くできなくなっていたことだ。その動作ができないと、そもそもギターのコードを押さえることができない。主治医にそのことを尋ねると、「手首の関節の隙間がなくなっていて、そうなると擦れてひどく痛むから、固定した」と言う。
術前、オレは主治医に「ギターをやっているので、手術後もギターが弾けるようにしてほしい」と言ったつもりだったが、どうも伝わっていなかったようだ。というか、主治医にとってはそもそも、すっかり傷みきっていた手首の関節は、今回の施術以外の選択肢は初めからなかった、ということなのだった。
もうギターは弾けない。早い話がそういう結論を主治医からあっさり告げられて、オレは何となく気が抜けたような気分になった。もうギターは弾けない。コード弾きレベルの、大して上手くもないギターだったが、それでも弾き語りには十分だった。それが、もう永遠にできなくなった。「絶望した」とか「がっかりした」とかいうのとは違う、風船の空気が抜けたような気分。オレはかなり長い時間、雑居病棟のベットの上でぼーっとしていたように思う。
(つづく)