見出し画像

欧州食品安全機関がニトロソアミン類のリスク評価案のパブコメを開始

食品中のニトロソアミン類は、昔からよく知られたハザードかと思います。
「ハムやソーセージの発色剤として使用される亜硝酸ナトリウムが変化して生じる発がん性物質」というイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。

このニトロソアミン類について、欧州食品安全機関(European Food Safety Agency: EFSA)の汚染物質部会(CONTAM Panel)がリスク評価書案をとりまとめ、パブコメを開始しています。(2022/10/12~2022/11/22)

背景

食品添加物関係の動向がもともとあったようです。
EFSAの添加物部会(ANS panel)は、食品添加物としての亜硝酸カリウム・亜硝酸ナトリウムの再評価した際、「承認量を肉類に使用する場合、それによって生じるニトロソアミン類による人への健康影響への懸念は低い」と結論していました。つまり、食品添加物(意図的に使用するもの)としての亜硝酸カリウム・亜硝酸ナトリウムの使用は問題ないという結論です。

一方、ニトロソアミン類はそのまま意図的に使用するものではありません。これは食品中で非意図的に生成する汚染物質(Contaminant)の扱いになります。今度はこれにフォーカスが向けられ、食品一般の話としてニトロソアミン類のリスク評価の要請があったというのが、大まかな背景です。

つまり「加工肉-食品添加物」という構図から「食品-汚染物質」という構図になったわけで、戦線が拡大しています。そして「食品添加物によるニトロソアミン類の生成が本当に懸念の低いものであったのか」という検証も兼ねることができる構図とも言えます。実際の背景にあったのかはわかりませんが、私はなんとなく政治的なにおいを感じ取っています。(食品添加物としての亜硝酸カリウム・亜硝酸ナトリウムの評価結果に納得できない人たちがいた?)

ニトロソアミン類とは

同評価書案で紹介されているニトロソアミン類の氏素性を簡単に整理しておくと、以下のとおりです。

  • ニトロソアミン類は、食品の調理・加工の工程で意図せず生じる副生成物として加工食品中に含有。亜硝酸塩と、二級/三級アミン類との間の反応により生成。

  • ニトロソアミン類とその反応前駆体は、加工肉、加工魚、チーズ、アルコール飲料などの食品に含有。

  • いくつかのニトロソアミン(N-ニトロソジメチルアミン(NDMA)、N-ニトロソジエチルアミン(NDEA))は、国際がん研究機関(IARC)の発がん分類で2A(人に対しておそらく発がん性がある)に分類

なお、IARCの発がん分類は証拠の強さの分類であって、リスクの程度を指していません。宝くじには高額当選の番号があるという強い証拠があっても、それが本当に当たるかどうかは別問題というのと事情は似ています。

評価書案で示されていること

評価書案を素読すると、私見では「公衆衛生上の懸念がないとは言えず、摂取量を減らすための取組みが必要」という結論を導くパターンの証拠が示されていると思います。

生体影響としてのリスクは、物質の毒性と摂取量から判定されます。
毒性学的な観点での指標(※有害影響が観察された量よりも十分な安全マージンを確保するもの)と推定摂取量を比較してリスクを判定するというのが通例です。毒性が強くても摂取量が十分少なければリスクは低いですし、逆に毒性が低くても摂取量が相当多ければリスクは高いです。
このように書くと「当たり前じゃん」と感じると思います。しかし、「〇〇は体に悪い」という巷にしばしば出回る言説には、摂取量の概念が抜けており、したがってリスクの話をしていないことが多いことには注意をしてもしすぎることはないでしょう。(=その当たり前の感覚がそこでは失われています。)

ニトロソアミン類の場合、動物実験で有害影響が観察されるような量を人が摂取しているわけではありません。しかし、その安全マージンが十分確保できている状況ではないというデータが示されています。このような場合、懸念がないとは言えないわけであって、現実に問題が生じないようにするための手当てが求められるのが一般的です。

ただ、EFSAはその結論を導くことには現時点で慎重であるように見受けられます。勧告事項(Recommendation)にはリスクの解釈と必要な措置に関する項目がありません。色々記載はありますが、要するにデータに不足がある/ギャップがあるので、これを補完することが必要ということだけを言っています。今回のパブコメを通じてデータや情報を得たいようなので、その結果を受けて解釈(と社会的な着地点)を固めていくのでしょう。

予想される社会的な着地点

パブコメの結果、多少のデータを補完できたとしても、十分な安全マージンが確保されていることを示すことは困難だろうと思います。(現に過小推計に過小推計を重ねたデータであっても十分な安全マージンは確保できていません。)

おそらく、EFSAは食品添加物の亜硝酸カリウム・亜硝酸ナトリウムに由来するニトロソアミン類の影響の解釈に苦慮していると思います。これは、現にニトロソアミン類の推定摂取量のシナリオとして、以下の2つの結果が示されているところからも暗示されます。

シナリオ1:未加工の肉・魚の調理物の摂取を除いたもの
シナリオ2:未加工の肉・魚の調理物の摂取を加えたもの

「未加工の肉・魚の調理物」というのは、未加工の肉・魚について、煮る、揚げる、焼く、電子レンジ調理をしたものです。シナリオ1とシナリオ2を比較することで、普段の調理加工のプロセスで生成するニトロソアミン類の寄与の程度を知ることができます。
そして、シナリオ1よりもシナリオ2の方が1オーダー(10倍)程度摂取量が多いことが推計されています。つまり、普段の調理で生成するニトロソアミン類の寄与が圧倒的に大きいことが示されており、このことから食品添加物由来のものは寄与が小さいことが示唆されます。シナリオ1でも十分な安全マージンは確保されていないとはいえ、この評価に政治的な背景(食品添加物としての亜硝酸カリウム・亜硝酸ナトリウムの使用に納得がいかない)があるならば、その気勢をいくばくか削ぐには有効でしょう。

いずれにしても、懸念がないとは言えないという結論を導くとしたら、どのように摂取量を減らしていくのかが本質的な問題です。寄与の面から考えると、まずはニトロソアミン類が生成しないような調理・加工方法の開発が求められていくのではないかと思います。
ただ、これは言うは易し、行うは難しの世界です。食材中にもともと含まれる物質から意図せずに生成する以上、摂取は避けられません。また、従前の調理法に合理性がある場合、トレードオフの問題(=ニトロソアミンのリスクは下がるが微生物学的リスクが上がる、おいしくなくなる、そもそも作れなくなる等)が生じるので、摂取量を減らすことも容易ではありません。

個人的には、減らすに越したことはないのだと思いますが、リスク評価の方法論によって懸念が大きく浮き上がっている点もあるので、気にしすぎは不要なのでは?と思っています。

備考(マニア向け情報)

遺伝毒性発がん性:該当
有害影響:肝腫瘍(ラット)
毒性学的指標(POD):BMDL10=10 μg/kg 体重/日(NDEAに関して)
ばく露マージン(MOE):3337 - 48(推定摂取量分布の95 %ile値による)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?