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【小説】無命界 - 山笠美紀乃【ファンタジー】

本編

 とある寂れた家の中に入ると、狭い狭い部屋の中に机があって、その机の上には一冊の手帳が置いてある。
 表紙に『日記』と書かれたそれを手にとって、あなたは中身を読み始めた。


『日記』

前書き

 前書きとは題したものの、もう一体、何から書き始めれば良いのか、てんで分からない。
 そもそも自分を落ち着かせるために書き始めた日記ではあるが、何を書けば落ち着くことが出来るのやら。

 というか一体、誰に向かって書いたものか。
 日記というものが未来の自分に向かって書くものだとは理解している。だがそれでは上手く書けない気もする。そもそも日記なんて初めて書いたから、作法だって分からない。
 ううむ……。

……嗚呼、そうだ。じゃあ君に対して書こう。
 ぐるぐると考えて出た結論がこれだ。
 どうせ自分以外の人間は見ないのだから、誰に向かって書いたとしても構わないだろう。それに話を整理するのならば、何も知らない第三者に向かって説明する形を取った方が、自分としてはやりやすい気がする。

 よし、じゃあ、そうしよう。

 水無月三日

 じゃあ、君へ。ええと、僕が死んでしまったことは、もう知って……いや、一応ちゃんと書いておこう。
 僕は死んでしまった。

 いきなりこんな内容ですまない。でも本当なんだ。僕は死んでしまった。
 ええと、で、今僕はあの世にいるんだ。あの世の鉛筆と手帳を使って、この日記、を書いている。日記と言って良いのかは判らないけど、まあ、自分しか読まないんだし良いよな。うん。あの世で日記を書いているんだ。
 そう、あの世って言うのは、本当に存在していた。

 死んでしまって意識を手放して、そして次に目を覚ました時、僕は神様に出逢った。
 場所は、なんだかぼんやりとした場所。そうとしか言いようがなかった。少なくとも僕が知っているような場所じゃなかった。

 神様がどんな姿だったか気になるかい? それは僕らが思っているよりも、ずっと人間に近い形をしていたよ。白無垢の上に淡い色の羽織ものを着て、布で顔を隠していたんだ。
 それで、神様は言った。
『貴方は死にました。これからの貴方について、今から三つの説明をし、そのあと、三つの質問を許します』

 その声は直接頭に響いてきて、僕はその神様の説明を、ただただ、ぼんやりと聞いていた。
 それで、神様が説明した三つのことは、こんなことだった。
 まず、僕は死んで、今あの世の雲の上に居るってこと。
 次に、死んだ人は輪廻転生をするんだけど、その待ち時間をあの世で過ごさなければならないこと。あの世は「無命界」と呼ばれていること。

 最後に、あの世で過ごす間は、転生後に支障が出ないように、僕は現世と同じように過ごさなければならないこと。だから僕は子供の姿に戻り、あの世で過ごしている誰かに引き取られて、現世と同じように育てられる。

 神様が説明し終わって、僕がその後にした質問は……長くなるからやめておこう。後で必要な時に言うことにするよ。
 それでその後、また僕の意識は途切れて、気がついたら、誰かと手を繋いで歩いていた。
 僕はどうやら山の上の神社から出てきたみたいだったけど、神社を出てからそのときまでの記憶が僕にはなかった。

 僕の手を握っていた人、繭さんに聞いたら、モライゴ(このあの世に来てすぐの子供のことを言うそうだ)が最初、育て手(新しくやってきたこどもを引き取って育てる人)に迎えられるときは、みんなそんな感じらしい。

 僕の姿は、神様が言った通り子供になっていて、僕は隣にいる繭さんに育てられることになった。
 その人に連れられて歩いていると、いずれ森のなかに開けたところが見えて、そこには家々が建って居た。そこが僕が育てられる村だった。
 その後繭さんの家に行ったら、そこには繭さんの旦那さんがいて、僕は二人に歓迎され、少し豪華なご飯を貰った。
 ご飯の後は贈り物だと言って、この手帳と鉛筆を貰い、「今日はもう休みなさい」と部屋を与えられて、僕はそこで、この日記を書いている。

 嗚呼、長かった。手が疲れた。ここまで書くのに大分掛かってしまった。
 でもお陰で大分頭が整理された気がする。君に説明するつもりで書いて正解だった。明日も書こう。
 えっと……じゃあ、また明日。

 
 水無月四日

 今日はのんびり出来た。
 まず、朝起きた後に繭さんと旦那さんに挨拶をした。昨日書き忘れたけれど、旦那さんの名前は鉄朗さんという。

 そうして二人に挨拶をして、朝ご飯を食べたら、好きな食べ物と、名前をどうするかについて聞かれた。
 なんでも、明日は僕のことを村の人に紹介するそうだ。繭さんたちの家は祖母井村という小さな村の中にあって、そこでは新しいこどもが来たら、皆で迎え入れるらしい。それでその時ご飯が出るから、好きなものがあれば並べてもらえるらしい。
 そして名前については、どんな名前で呼ばれたいのか、ということだった。なんでも、必ず現世での名前を使う必要は無いらしい。

「元の名前を使っても良いし、其れが嫌なら自分で名前を付けても良い。勿論、思いつかないのなら、私達が付けよう」
 二人は優しくそう言ってくれた。
 僕は暫く考えたんだけど、元の名前を使うことに決めた。もし知り合いがいたら、この名前で僕だって判って会いに来てくれるかも知れない。僕の名前は珍しいから、良い目印になるだろう。

 その後は明日の準備をした。用意するものも説明も沢山あったけど、お昼過ぎくらいには終わったから、その後はのんびりと過ごした。
 いきなりあの世なんて場所に来て最初は戸惑ったけど、育ててくれるって言う繭さんたちは優しいし、なんとかなりそうだ。

 水無月五日。

 疲れた。凄く疲れた。
 昨日書いたとおり、今日は祖母井村の人たちに挨拶をしたんだけど、凄く疲れた。
 まず朝はご飯を食べて、なんだかよく分からない服に着替えて、それでそのあと、村長さんの家に行って、挨拶をした後、居間の奥に座らされたんだ。

 二十畳はありそうな広い居間には机が置かれて、その上には御馳走が並べられた。僕は会食でもするのかと思って、わくわくしたんだけど、ねえ、その後どうなったと思う? 村の人が全員そこにやってきたんだ!

 村長さんの家は広いけど、村の人は五十人くらい居る。さすがにその人数が入ったらもういっぱいで、凄い密度だった。何人かは入れなくて外にいたし。
 それでその後は、村長さんが僕を紹介して、繭さんと鉄朗さんの挨拶があって、それでそのあと、村の人たちが僕に押し寄せた。

 一人とその家族がやってきて、僕の前の座布団に座って、自分は誰で、何をしていて、家族が誰なのかとかを紹介する。家族の紹介が終わったら、一人一人と握手をして、それで挨拶をされたら、次の人たちに交代。これを何十回も繰り返すんだよ! 正直僕が喋る隙はないし、もう十人くらい過ぎたところで、名前は覚えきれなくなるし、二十人くらいで腰が痛くなってくるし、本当に大変だった。皆僕に興味津々で勢いがあるし、喋る量も凄いんだ。後半の人はお酒を飲んでいた人も居たし、もう本当、大変だったんだよ!

 なんで僕なんかにそんな、興味があるのだろう。それともあの世の人は皆そうなのだろうか。
 結局終わったのは夕方。それまで僕は座りっぱなし、喋られっぱなし、笑顔で相槌を打つので精一杯だった。
 今日はもう疲れた……もうこれ以上書けない……御免、また明日書くね……。

水無月六日。

 今日は村のこどもたちの集まりに参加した。
 繭さんたちの家から北に暫く行ったところにちょっと大きな建物があって、そこに村のこどもが集まるのだ。

 こどもの集まりとは言っても、居るのは六人くらい。勿論僕を含めて。
 何でかっていったら、それには理由がある。というか、これは説明されないでも判った。
 勿論全体数が少ないのもあるんだけど、これにはこの、あの世のシステムみたいなものが関係している。

 僕たちは八歳であの世にやってくる。そして現世と同じスピードで成長するんだけど、その成長は現世で死んだ歳で止まってしまうんだ。これは実は、一日目に神様の説明の中にあった。じゃあ八歳未満で死んだ子はどうなるのかと言われると、それでも八歳に成長した状態でここに送られてくるらしい。勿論、そこから成長することはないんだけど。
 何故そうなのかというと、僕たちがこの、あの世で過ごす時間が、大体人間の寿命を超えてしまうから。これは僕が自分で質問をして知った。

 輪廻の順番待ちは長いらしい。「どのくらいここで待てばいいんですか?」そう神様に聞いて返ってきた答えは、『百年から三百年』という、あまりにも突飛なものだった。
 てっきり五年くらいで離れるのだと思っていたけど、考えてみたらそんな訳はないよね。かりそめでも「こども」になって「親」に育てられるのだから、ここで過ごす年月がそんなに短いわけがない。

 まあ兎も角何が言いたいのかというと、ここの人の年齢は、だいたい百年を超えているのだ。超えていない人は半分も居ない気がする。
 こどもだと認識されるのが、外見年齢十五歳以下だとして、その配分は百分の十五ではなく三百分の十五。そう考えたらこどもが少ないのもうなずける。
 それにそもそも、そのこどもの集まりのうち、三人はもう成長しない子らしい。
 現世に居たとき大人になれずに死んでしまったのだそうだ。一人は九歳、もう一人は十歳、三人目に関しては十三歳で成長が止まっている。因みにこの三人は、もう三十年はこの村で暮らしているそうだ。
 つまり純粋にここに来て数年しか経っていないこどもは、僕を含めて三人だけということになる。

 ああ、話が逸れてしまったね。それで、そのこどもの集まりで何をしたのかというと……普通に子供らしく遊んだ。いや、遊んでしまったと言うべきなのか、これは。あとなぜか五回くらい転んだ。なぜだろう……。

 君も知っていると思うが、現世で僕は二十歳だった。つまり僕の心は二十歳なのだ。いい大人が何をやっているんだろうか。なんだか心まで若くなってしまった気がする。
 でも、でも他の五人も実年齢は大人なわけで、彼らが楽しそうに遊んでいたってことは、僕の感覚がおかしいのか? 判らない……。

 明日繭さんに聞いてみよう。

 水無月七日

 今日もこどもの集まりに行って、またこどもらしく遊んでしまった。皆と話せるようになったのは良いけど、これでいいんだろうか。いや、良いらしい。でも違和感が拭えない。
 あ、昨日言っていたことを繭さんに聞いてみたら、面白い話が聞けた。
 曰く、僕の記憶には多少制限が掛かっているらしい。

 現世で長い間大人として過ごしていた人がいきなりこどもになったら、やっぱり感覚とかに齟齬が生じてしまう。だから実は、ここにきてすぐは現世の記憶量が半分くらいになっていて、十年から二十年くらい掛けて、段々といろいろなことを思い出すのだそうだ。
 つまり僕は、制限されている記憶の分、少しこどもっぽくなっているらしい。

 正直自覚がなかったけど、よくよく記憶をたどると、何だか朧気なところとか、思い出せないところがある。あんまり多いようには感じないけれど、それは僕が忘れたことすら忘れているだけなんだろう。
 まあそれでも相当量の記憶が残っているから、モライゴは暫く身体を上手く動かせないことが多いそうだ。どうりで昨日沢山転んだ訳だ。今日も転んだし……何もないところで……はあ。おかげで駆けっこで負けた。いや、なにをしょぼくれているんだ、僕。ただの駆けっこで負けてなんで気分が暗くなっているんだ。やっぱり精神年齢が落ちているな。

 ああ、そうだ。昨日と今日で友達が一人出来たんだった。よし、そのことについて書こう。そしてかけっこのことは忘れよう。
 なんだか来たばっかりで馴染めないせいか、あんまり上手く喋れなくて、一人としか仲良くなれなかったけど。まあそれは兎も角、そいつの名前は紀。こう書いて「おさむ」と読むそうだ。珍しい名前だと言ったら、「お前の方が珍しいだろ」と言われた。まあ否定は出来ない。

 紀はここに来て三年。つまり外見年齢は十一歳だ。でも前世では五十歳まで生きたらしい。つまり中身はおじさんだ。
 でもここでは外見と実年齢が合わないなんてざらだから「気にするな。あ、敬語は使うなよ」と言われた。多分友達になれた……と思う。多分。友達なんて何年ぶりに作ったかも判らないから、判断基準がよく分からないけど。

 ここに来て五日。まだまだ慣れないけど、友達が出来たから、滑り出しは順調、ってことで良い気がする。

 水無月八日。

 今日もこどもの集まりへ行った。皆が村の中を案内してくれた。そのあと紀と川遊びをした。遊んでばかりで良いのだろうか。鉄朗さんと繭さんに聞いてみると、折角こどもに戻ったのだから楽しんで良いのだと返ってきた。
 でも申し訳ないから、明日からなにか出来ることを探そう。

 水無月九日

 いろいろやってみたけど、どれも上手くいかない。身体が小さいせいで上手く動かないから、手が滑ったり転んだりしてしまうのだ。まずはこの身体になれなければ。

 水無月九日

 紀の他にも友達が出来た。僕らと同じでここに来たばかりの子で、名前は元子。読みはそのまま「もとこ」だ。一緒に川に行って遊んだ。彼女は現世ではしっかり七十歳まで生きたそうで、ここに来てからも六年経っている。だからかなんだか落ち着いていて頼りになる。なんだか君と似ているから、君たちが会ったら仲良くなれるのじゃないだろうか。


  そこからは暫く、文量の少ない、なんでもないような日記の内容が続いていた。日常に慣れるのに夢中になって、日記の内容にこの世界のことは余り書いていない。
 あなたはパラパラと頁をめくった。いずれ、また長々と書いてある箇所にたどり着く。日付を見ると、日記の主がこの世界に来てから、半年が経っていた。

 師走二十日

 聞いてくれ、今日託宣があった。新しい子がやってくる。
 ああ、そういえば書いてなかったね。託宣というのは、神様から手紙のことだ。
 村の神社には箱があって、時々神様から僕たち宛の手紙が入っている。
 内容は主に二つで、この村から転生者が出るっていう知らせか、逆にモライゴがやってくる時の知らせが書いてある。今回は後者だった。

 これはすごく珍しい事らしい。大きな街なら兎も角、祖母井村みたいな小さな村で、一年のうちに二人もモライゴがやってくるのは、滅多にないことだと、鉄朗さんが言っていた。
 一体どんな子がやってくるんだろう。すごく楽しみだ。やってくるのは一週間後。会えるのはそれから二日後。遊べるのはその次の日から。楽しみが増えた。

 師走二十一日

 紀と元子と三人で、やってくる子がどんな子かを話し合った。託宣ではモライゴが来るとしか書いていなかったから、今の時点だと性格はおろか性別すらも分からない。なんだか赤ん坊が生まれるみたいだと思う。

 紀は「面白い男子が来る」と言い張った。理由を聞いたら、「勘」って返ってきた。勘ってなんだよ。そう言ったら、「こういうのははっきりと主張をして楽しまないと損だ」との事だ。確かにそうかもしれない。
 だから僕は「女の子だ」と主張しておいた。紀と勝負だ。
 君はどっちだと思う? 因みに元子はどっちでもいいらしい。

 師走二十二日。

 今日は新しいモライゴの育て手が決まった。三軒隣の菫さんだ。
 菫さんは三十歳くらいの女性で、ここに来てもう二十年程の人だ。今は菫さん自身の育て手、滝二郎さんと二人で仲良く暮している。

「育て手になるのは初めてだから、楽しみだわ」と菫さんは言っていた。
 因みに育て手になる条件は、あまり厳しく決められていない。生活が安定していて、ある程度こどもと接することが好きなら、若くても老いていても、男でも女でも育て手になれる。これはきっと、ここの子育てがこの村全体で行われることと、モライゴの殆どが、大人と同じくらい精神的に自立していることが関係しているのだろう。

 モライゴに何かあったら、村の人が助けてくれる。それにそもそも、モライゴは見た目以外殆ど大人とおなじだ。多少精神が退行していたとしても、完全にこどもになってしまう訳では無いし、現世の子育てよりは余程楽だろう。

 師走二十三日

 今日は怪我をしてしまった。かくれんぼをしていたら隠れる途中で転んで、腕をすりむいた。ここに来てもう半年が経つが、いまだにこの子供の身体には慣れない。
 結構派手にすりむいたから、繭さんに随分と心配されてしまった。
「いくら今現世に居ないからって、あんまり無茶をすると死んでしまうのだから、気を付けてね」
 繭さんはそう言った。

 死んでいるのに死ぬって、どういうこと?
 君はそう聞くだろうね。僕も矛盾していると思うよ。でも実を言うと、この場所にも「死」みたいな概念は存在している。
 ここで一つ質問をしよう。

 ここでは僕たちは転生後生活に支障が出ないように、現世と同じように過ごすと言ったね。実際過ごしてみても、現世での記憶があることと、ここでの生活時間が百年二百年と続くこと以外は、無命界での生活は現世と余り変わらない。

 じゃあ、ここでの怪我や病気は、はたしてどうなるだろう?
 ここでもし、身体が動かなくなるくらいの、息が出来なくなるくらいのことが、つまり、現世で言う「死んでしまう」くらいのことが起きたら、どうなると思う?
 その時、僕たちは転生する。
 そう。ここでの死はつまり、転生、生き返ることなんだ。
 その転生が、ここでは「死」と同じように扱われている。
 矛盾しているよね。でもそれも判る気がする。
 だって、転生をしたら、「僕」は消えてしまうんだから。

 僕たちはここにいるとき、制限されているとは言え、現世の記憶を持っている。
 それはつまり、ここの生活は、死ぬ前の生活の延長なんだ。僕たちは死んだのだけれど、本当はまだ死んでいなくって……記憶を持ったまま、記憶が消えてなくなる転生を、本当の死、みたいなものを、待っている……ような気がする。

 勿論転生自体はめでたいこと、なんだけど。そう村の中では言われているし、神様もそんなようすで喋っては居たけど。それでも僕たちは、実際は転生を怖がっている、と、思う。僕だけかも知れないけど。
 嗚呼、こんな暗い話は書くべきではなかったかも。ごめん。明日はもっと明るいことを書くよ。

 師走二十四日。

 今日は大掃除だった。新しい子のことで頭がいっぱいで、今日の朝まですっかり忘れていた。
 ここの村では、皆で一斉に大掃除を行う。その方がものの整理とかが楽だから、と言うのが理由だ。一日目にそれぞれの家を掃除して、いらないものなんかは村の広場に出しておく、二日目の午前中には皆で広場に集まって、昨日各家から出されたいらないものの中から、欲しいものを家に持って行く。午後になったら広場を含めて村の皆で使うところの掃除。そして三日目は、村長さんの家と神社の掃除をする。

 今日の家の掃除はそんなに大変じゃなかった。僕も繭さんも鉄朗さんもものが少なかったし、家は普段から綺麗にしていたから。結局広場に持って行ったのは、穴が空いた鍋だけだった。

 師走二十五日

 今日は昨日の続きだ。
 午前中、朝早い時間に広場に行くと、結構いろいろなものが出されていた。
 古い畳、綿の出た座布団、鹿の角、二十冊くらいの本、古い綿の入った人形、こどもの服、他にも沢山、まだ使えるものから、本当に何にもならなそうなものまで、各家でいらないものが集まっていた。僕たちはその中から本を一冊と、鉄朗さんが着られそうな着物を一着持って帰った。

 午後の全体掃除は、おのおのなんとなく配置が決まっている。僕はこどもの集まりで使う、北の建物を担当することになっていた。自分で使う場所は自分で綺麗にしよう、という考えだ。
 その考えだから、当然紀や元子、他三人のこどもも、同じ場所を担当した。でも流石に僕たちだけではなくて、村の男の人が一人、手伝ってくれた。

 北の建物の掃除は大変だったけど、皆でやると結構楽しかった。僕が一度雑巾がけで派手に転んで、皆で大笑いしたよ。
 あと五日で、ここに集まるこどもが一人増える。新しい子が来たとき、気持ちが良いと思ってもらえたら、僕は嬉しい。

 師走二十六日。

 今日は村長さんの家と、神社を掃除する日だった。
 僕たちこどもの担当はまた同じで、今度は神社だった。
 本当なら村長さんの家と神社で人数を半分ずつにしないといけないらしいのだけど、明日モライゴが来る準備もしなければいけなかったから、今年神社を担当したのは、村の三分の一くらいの人たちだった。

 神社の担当は、村に来てから年月が経っていない順に十人、逆に村に来てから年月が経っている順に十人で行った。なんでこの人選なのかを聞いたら、「神様に近い人たちでやるのが習慣だから」と返ってきた。なるほどと思った。

 大掃除も終わって、明日はついに新しい子が来る。どんな子かな。来て一日目と二日目は、育て手とその家族以外誰もモライゴに会うことは出来ない。会うのは明明後日になると思うけど、今からそれが楽しみだ。

 師走二十七日

 今日は今まで散々書いてきたとおり、新しい子がやってきた。
午後に村の皆で宴会をして、夕方になったら、やっぱり全員で神社の入り口の鳥居まで菫さんを送った。そのあと僕たちは皆自分の家に帰って、いつも通りの、でも少しわくわくするような夜を過ごしている。

 今頃は菫さんの家で、新しい子がご飯を食べている頃だろうか。それとももう布団に入って休んでいるだろうか……それとも、僕と同じように日記を書いているだろうか。
 

 師走二十八日。

 今日は紀や元子、それと他の三人と一緒に過ごした。
 話題は矢張り昨日やってきた子のことだ。性格はどんな子だろうか。初めにここにやってきたら、どうやって歓迎しようか。誰から話しかけようか。秘密の作戦会議みたいに皆で話し合って、僕らなりに歓迎の準備をした。

 ついに明日は新しい子が村の皆に挨拶をする日だ。僕がしたように、村長さんの家で座って、皆が興奮気味によろしくと言っているのにもみくちゃにされながら過ごすのだろう。
 あのときは皆が僕に興味を持つ理由が分からなかったけど、今はその気持ちが分かる。新しい子がくることは珍しくて、嬉しくて、めでたいことだ。皆が喜ぶのも判る。

 でもあんまりもみくちゃにされるのも可哀想だから、途中で一回休めるように、村長さんに言ってあげることにしよう。

 師走二十九日

 今日はついに新しい子を見ることが出来た。嗚呼そうだ! 聞いてくれ、新しい子は女の子だった。紀との勝負は僕の勝ちだ!
 新しい子の名前は雪華というそうだ。名前の通り雪みたいに白くて、華みたいに綺麗な子だった。

 僕らの挨拶の番が来たとき、近くで彼女をみたらあんまりにも綺麗で、上手く言葉を言えなかった。結局まともに話せたのは鉄朗さんと繭さんだけで、僕は暫く何も言えなかった。でもそれはもったいなかったから、握手をするときに漸く、「僕もここに来たばかりなんだ」って言うことが出来た。おかしかったかな。なんだか今更不安になってきた。普通に「よろしく」とだけ言うべきだった気がする。まあ考えて居ても仕方ない。明日はこどもの集まりに彼女が来るはずだから、その時に謝ろう。

 彼女は案の定、半年前の僕みたいにいろんな人にもみくちゃにされていた。村長さんは僕の助言通り一回休憩を挟んでくれたけど、それでも終わる頃には相当疲れているように見えた。初めから表情があまり良くなかったし、元々そんなに調子が良くなかったのかも知れない。なんとなく彼女は暗い表情をしていた。

 師走三十日

 今日は昨日言ったとおり、こどもの集まりに雪華がやってきた。彼女は僕らが思ったよりも恥ずかしがり屋で、僕らが話しかけても余り喋らなかった。一緒に遊んではくれたけど。
「なんか、来たばっかりのお前みたいだな」って、駆けっこの最中に紀に言われた。確かにここに来たばかりの頃は、僕も上手く喋れなかった。

「お前が一番解ってやれるんだから、気に掛けてやれよ」
 紀は続けてそう言った。確かにそうかも知れないと思った。
 紀はここに来てもう三年経っていて、ここに来たばかりのことなんてあまり覚えていないかも知れない。元子も他の三人も、ここの生活にすっかり慣れてしまっている。僕はまだここの人間にはなりきっていなくって、だからこそ彼女にしてあげられることがあるかも知れない。

 結局今日の雪華は、あんまり喋ることなく帰って行った。
 ちょっと日記の内容を読み返してみようか。初めの頃自分が何を感じていたか思い出して、彼女の手助けになりそうなことを考えておこう。

 日記を書いておいて良かった。初めは自分の気持ちとか頭を整理するために始めたことだったけど、こんな風に誰かのために使うことができるなんて、考えても居なかった。

 睦月一日

 ごめん。昨日はすっかり、日記を書くのを忘れていた。
 いつも寝る前に書くんだけど、昨日は大晦日で一晩寝ないで居る気だったから、日記を書く機会がなかったんだ。
 とりあえず二日分書こう。まず大晦日。

 ここの大晦日は現世とは余り変わらない。除夜の鐘……とはいってもこの村にあるのは神社だけど、そこで百八回、村の人総出で鳴らして、あとは家に帰って年越しそばを食べて、あとは寝ないように頑張るだけだ。

 僕も寝ないように頑張って……まあ、結局寝てしまった。
 でもそのおかげで、あの子に会うことが出来たんだ。
 年越しそばを食べてからすぐに寝てしまった僕は、なぜか朝日が昇る前くらいに起きた。寝てしまったのがショックで飛び起きたら、拍子抜けというか何というか、鉄朗さんと繭さんも寝ていた。

 気が抜けて外を見たら、空が白んできていた。
 なんだか目が冴えてしまって、僕は外に出ることにした。いろんなものを着込んで外を歩き始めたら、朝になる前の空気は冷たくて、凄く寒かったけど、何だか気持ちが良かった。
 朝になる前の村は静かだった。皆家に居るから当たり前だけど、何だか新鮮で、僕は楽しくなってきた。

 僕は村を一周するように歩いた。どこにも誰も見えない。なんだか世界に僕だけになったみたいで、僕は心を躍らせながら歩いていた。そして菫さんの家まで来たときに、あの子を見つけた。
 雪華だった。

 その時にはもう朝日が顔を出し始めていて、その光が雪華の白い肌を照らして、輝かせていた。凄く、綺麗だと思った。
 彼女は僕に気がつくと、吃驚したように目を丸くした後、僕に会釈をして、そのまま家に入ってしまいそうになった。僕は焦って何かを言おうとして……結局、「あけましておめでとう」とだけ言った。

 今更ながら、もっとましな言葉はなかったんだろうか。仕方がないんだけど、二十年も生きていてそれしかいえないのはどうなんだろう。見た目は子供とは言え、ちょっと不器用だったんじゃないだろうか。
 でも彼女は立ち止まってくれた。
「おめでとう」
彼女は短く返してくれた。でもそのあとはどっちも言葉が続かなくて、二人とも黙ってしまった。

 気まずくなったとき、彼女がくしゃみをした。
 慌てて見ると、彼女は寝るときの浴衣を着ているだけで、他の防寒着を着けていなかった。僕は焦って、自分が付けていた襟巻きを彼女にあげて、二つ羽織っていた自分の羽織のうち一枚を彼女に着せた。彼女は驚いた顔をしていた。
 薄着だった理由を聞くと、「二人は寝ていたし、勝手に付けるのは申し訳ないし、すぐに戻るつもりだったから」と返ってきた。

 菫さんたちに気を遣ってしまったんだな。とすぐに判った。
 来たばっかりの頃はそうなんだ。いきなり知らない人に育てられることになって、緊張してしまう。いくら相手が優しくても、遠慮して、気を遣ってしまう。最近ではましになったけど、僕も未だに少し、繭さんたちに気を遣ってしまうことがある。

 若しかして、家に居るのが気まずくなって、外に出ていたのだろうか。僕はそう思った。
 それに気がつくと、そのまま家に帰すのもなんだか申し訳なくなって、僕はどうしようかと考えた。彼女の気を少し楽にしてあげたかった。

 考えていたら、昇り掛けの朝日が目に付いた。
「ちょっときて」
 僕はそう言って、彼女の手を握って歩き出した。一人で歩いていたときにちょうど、それに良さそうな場所を見つけたことを思い出していた。

 少し急ぎ足で神社の方に登っていって、森の獣道に入る。彼女の手を引いて歩いて行くと、開けたところに着いた。
 そこからは、ちょうど輝いている、朝焼けがよく見えた。
「きれいでしょ」
 僕はそう言った。

 彼女はその景色に息をのんで、「……うん」と言ってくれた。
 そのあとは二人で、適当な場所に座って、朝日を眺めながら喋っていた。太陽が昇りきって空が完全に明るくなるまで、僕たちはいろんな話をした。現世で何歳まで生きたのかとか、好きな食べ物の話とか、色々。
 それだけで何だか、彼女と仲良くなれたような気がした。
 
 朝日が昇りきってから、僕らはそれぞれ家に戻った。
 僕が帰ったとき、繭さんたちはまだ寝ていて、僕は暫く一人で彼女との会話を思い出していた。

 それから半刻後くらいに二人が起きて、僕と繭さんと鉄朗さんは、お正月のお餅を食べた。そのあと村の人たちと村長さんの家に集まってお祝いをして、それでその後はおせちを食べたりして一日を過ごした。
 久しぶりにこんなに書いた気がする。手が疲れたけど、でもなんだか書きがいがあったな。たまには良いかもしれない。

 
 
 その後はまた暫く、日記らしい短い文章が続いていた。
 また貴方はペラペラと頁をめくる。すると、いきなりまた長文の文章が現れる。
 彼女と仲良くなったらしい彼はそのあとどうなったのだろうか、貴方は文字を追い始めた。

 皐月十六日

 大分暖かくなってきた。そろそろ遊ぶときに防寒具をハチャメチャに付けて行かなくても良さそうだ。
 今日はこどもの集まりで、近くの藤を見に行った。近くとは言っても村の外に行かなければならないので、鉄朗さんが着いてきてくれた。

 五月は毎年見に行くそうだ。僕と雪華は初めてだったから、満開の藤を見て、子供みたいにはしゃいでしまった。
 皆ではしゃぎ回って、持ってきたお昼を食べて、綺麗な藤の花を見た。
 皆で座って藤を眺めていたとき、また見たいなと思って、ふと雪華を見た。その時の表情が、今でも何だか気になる。

 雪華は何だか、哀しそうな顔で藤を眺めていた、そんな気がする。
 木陰で暗かったから、もしかしたら見間違えたのかも。でも雪華は暗い表情をしていた、気がする。
 何かあったんだろうか。明日聞いてみよう。僕に何か出来ることがあるかも知れない。

 皐月十七日

 今日はこどもの集まりでかくれんぼをした。ちょうど雪華と二人で隠れていたから、彼女に昨日気になったことを聞いてみた。
 そうしたら、彼女は言った。
「昔のことを思い出していたの。好きだった人が、藤の花が好きだったなって」
 その後すぐに鬼役の紀がやってきて、その続きは聞けなかった。
 雪華はその日、ずっと、少しだけ、暗い顔をしていた。

 皐月十八日

 今日は村の人が近くの町まで行って、僕たちにお土産を持って帰ってくれた。前にも書いたかな。前は確か……秋くらいにあった気がする。あとで日記を見直そう。
 今回貰ってきてくれたのは根付だった。気がいろんな動物の形に彫ってある。村にはないから珍しくて、僕たちはそれを喜んで貰った。
 雪華も楽しそうだった。少しぼうっとしていた気がするけど、どうやら大丈夫そうだ。

 皐月十九日

 駄目だ。やっぱり雪華の元気がない気がする。今日はずっと暗い顔をしていて、途中で集まりを抜けて帰ってしまった。
 これにはこどもの皆も心配した。僕に何か出来ることはないだろうか。皆で話し合って誰かが適切なタイミングで話を聞いてみようってことになった。速く元気になってくれると良いんだけど。

 皐月二十日。

 どうしよう。僕はとんでもないことを言ってしまったのかも知れない。どうしよう。どうしよう。
 今日もこどもの集まりがあった。雪華もちゃんと来てくれて、僕たちは少し安心した。誰かが雪華と二人きりになれるように、今日はかくれんぼをすることにした。誘ってみたら僕と一緒に隠れてくれて、それで僕は話を聞くことが出来たんだ。でも、そのあとで言うことを間違えてしまったかも知れない。

 御免。なにか解らないよね。ちゃんと説明する。説明して落ち着かないと。
 僕は雪華に、最近元気がないけど、どうしたの? そう聞いたんだ。前に言っていた好きだった人と関係あるの? ともいった。

 そうしたら雪華はしばらく考えた後、ちゃんと話してくれた。
 彼女は現世にいたとき好きな人が居て、その人と恋人同士だったらしい。彼女はその人のことが大好きで、大好きで、絶対に離れたくないと思っていたんだそうだ。
 それで、そのあと彼女は言ったんだ。
「でも私は死んで、あの人と離ればなれになっちゃった」
 そういう彼女の顔は哀しそうで、ちょっと泣きそうだった。

 僕が何も言えないでいると、彼女はちょっと笑って、話してくれた。彼女がここ最近考えていたこととかを、まるで、夢でも語るみたいに、話してくれた。
「私ね、転生を早めたいの。あの人に会いたいの」

 彼女はそう言った。そのあと、神様との話でその意図を伝えたこと、焦って三つの質問を間違えて、肝心の方法を聞きそびれてしまったことを話してくれた。
「ないのかな。その方法」
 話した後、彼女はぽつりと呟いた。
 その顔は、あまりにも哀しそうで、悔しそうで、それで……その表情が、隠れている木の陰のせいでぼんやりとしていて……綺麗だった。

 なんだかその表情を見たら、僕はいても経っても居られなくなって、言ってしまったんだ。
「あるよ」って。
 間違えた。きっと間違えた。言うべきじゃなかった。
「神様に呼ばれる前にここで死んでしまった人は、そのまま転生するんだよ」って、そう言ってしまったんだ。

 彼女は驚いたような顔をしていた。それで手で口を半分覆って、「そうだったんだ」って、そう。
 笑ったんだ。
 なんだか不安になって、僕は色々言った。言い訳見たいに、取り繕うように。さっき言ったことを、なかったことにしたくて。
 転生したとして、好きな人にまた巡り会えるかなんて解らない。そもそも転生したら記憶は消えてしまう。その好きな人のことも忘れてしまうんだよって。

 転生なんて言葉を使ったって、結局は死ぬのとおんなじだ。死ぬのは怖いことだ。そもそも死のうと思ったら苦しまなきゃいけない。
 他にも、沢山のことを言った気がする。自分でも覚えきれないくらい、沢山。
「ありがとう。分かったよ」

 僕が沢山の言い訳を、取り繕いを言い終わった後、彼女はそう言っていた。
 これは、どっちの意味だったんだろう。
 ああ、本当に僕は何を言ってしまったんだ。これでもし、彼女が……。
 いや、書いちゃいけない。この先を書いちゃいけない。
 僕の気のせいだ。きっと。そもそも、転生できるからってソレを実行する人は居ないはずだ。

 少なくともこの村で、そんなことをした人の話は聞いたことがないんだから。
 そもそも死ぬことは悪いことで、いくら会いたい人が居るからって、そんなバカなことをするはずがない。
 大丈夫、大丈夫だ。


 その先の数頁はぐちゃぐちゃになって破かれていた。

 貴方は破かれた頁の後ろの方を見てみた。そこにはまだ少し頁が残っていたが、何かが書かれた様子はない。
 そのままペラペラと白紙の頁をめくっていると、一枚の、この手帳の頁ではない、一枚の紙が滑り落ちた。

 そこにはこの日記の主とは別の筆跡で、たった一文、言葉が連ねてあった。
 貴方はそれを確認すると、静かにそれを手帳に挟み直し、手帳をもとの机の上に戻し、狭い狭い部屋を後にした。

 ありがとう。あなたのおかげで道が見えました。
 わたしは彼に会いに行きます。ほんとうに、ありがとう。


あとがき

それぞれの作品世界は独特の構造でもって読者を深部へと誘い込む。 さあどうぞ。あなたの望むままに。 - 桜賀創藝

サークル・オベリニカ|読後にスキを。


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