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彼女がいる人を好きだった5年間のこと(3)

とある金曜日の18時。私たちは、駅前で待ち合わせをした。同じ職場の先輩と後輩で、飲みに行くだけ。自意識過剰に思われたくなくて、お店はよくあるチェーン店の居酒屋にした。

私のほうが少し早く着いた。季節は夏。まだ空は明るくて、ヨシダ君を待っている間、ぼーっと空を眺めて過ごした。この日のことを思い出すたび、あの空の色を思い出す。

おつかれさまです、と声がして前を向くと、ヨシダ君がいつもの笑顔で立っていた。半袖のワイシャツに、流行のネクタイ。髪の毛はワックスできちんと整えられている。職場で会う時はあまり意識していなかったけど、ほんのり香水のにおいがした。仕事の延長線上だとしても、地味な私とは不釣り合いな気がして、少し気遅れしたのを覚えている。

お酒が進むにつれて、ヨシダ君はよくしゃべった。仕事のこと、趣味のこと、家族のことや友達のこと。そして、恋人のこと。明るすぎず、暗すぎず、ちょうどいい声色とちょうどいい笑顔。話が上手なので、不思議と、ずっと聞いていられた。ヨシダ君は、話に夢中になっているようで、常に私の飲み物の減り具合を気にしてくれる。こういう状況に慣れてるんだろうな、と思った。

ヨシダ君ってさぁ、絶対モテるよね、と、私が言うと、ヨシダ君は、そうですねぇ、まぁ、それなりにモテますね、と笑いながら言う。その口調に全く嫌味がなくて、驚いた。ヨシダ君は、謙遜をしない。でも、それがすごく自然で気持ちが良い。こんな人に出会うのは初めてで、とても新鮮だった。

心地良くて、楽しい時間だった。お酒が入っているのもあるけど、あれはヨシダ君の力だ。太陽みたいな、ヨシダ君の力。

酔いに任せて、なんで私を飲みに誘ってくれたの?と聞いてみたら、ヨシダ君は、私の目を見てまっすぐに言った。

はるさんと、もっと話がしたかったからです。

その真剣な顔を見て、ヨシダ君は日のあたる場所を歩いてきた人間だ、と思った。こんなにまっすぐに「あなたと話がしたい」と言える人に出会ったのは初めてで、嬉しい、というよりも、ただ、まぶしかった。

気が付けば、店の閉店時間になっていた。

駅までの帰り道、酔っ払った私たちは、今まで見たことのないくらい長いレシートを見ながら、こんなに飲んだっけ?と笑った。

また絶対に行きましょう、僕とはるさんの定例会にしましょう、とヨシダ君が笑う。心の底から、うん、そうしよう、と頷いた。

これが、ヨシダ君を好きになる前の、一番楽しい思い出。

私は、何度だってこの日に戻りたい。やり直したいわけじゃない。何回やり直したって、きっと私はヨシダ君を好きになる。ただ、あんなに楽しく笑った夜を、もう一度味わいたいと思う。

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