見出し画像

ポルコと呼ばれた男

11年前。
私と旦那は、某大学の演劇研究会の部室で出会った。
私は大学一年生で、旦那は社会人(劇団お手伝い要員)。新入生公演で恋人役を演じて、そのまま本当に恋人になって11年。今に至る。

だが今回の話のメインは旦那ではない。
演劇部の先輩、ポルコだ。

私が入部した時、部員はたったの4名。演劇をやるには少なすぎる人数だが、外部劇団員の手を借りてなんとか公演を存続させているという状態だった。
茨の道だなぁと思いつつも、先輩方の人柄に惹かれてそのまま入部。さっそく6月の新入生公演に向けて動き出した。

ポルコという愛称で呼ばれる男の先輩は、独特な笑いのセンスを持っていた。私が今まで出会った中で三本の指に入る逸材と言っても過言ではない。

第一印象は、よく呑む人。(歓迎会でビールいっぱい飲んでた)
ちょいちょいボケたりつっこんだり、自分のボケに自分でつっこんだり。
芝居の話というより、しょうもない雑談が多かった気がする。

たまにメールのやり取りもしていたが、私が「ハエって時速何キロで飛んでますか?」と質問したら、「法定速度ギリギリじゃないかな」という返答が秒で返ってきた。
この笑いのセンス、どうやっても敵わない。

6月の公演に向けて台本を書いたのもポルコだった。
タイトルは「部屋とYシャツと腐女子」。
ひっそり同人活動に勤しむ女が彼氏に怪しまれ、腐女子であることをカミングアウトするまでの話。タイトルからして面白いからズルい。あの独特な笑いの世界観を当時の私が役者として生かしきれなかったのが残念でならない。

公演まで練習期間は二ヶ月もなく、何もかも急ぎ足だった記憶がある。木材を調達してパネル作ってペンキも塗ったし、地獄の筋トレして小道具作って衣装買いに行って音響照明と合わせながら稽古して……

とにかく疲れた。紛れもなくあれは青春だった。
そんな過密スケジュールにも関わらず朝までカラオケとかもしてた。若かった。

カラオケでのポルコエピソードで忘れられない出来事がある。
誰かが一青窈の「ハナミズキ」を歌ったときのことだ。

「空を押し上げて 手を伸ばす君 5月のこと」で始まるこの曲、サビの「君と好きな人が100年続きますように」のフレーズが特に有名だと思う。

果たして二番の歌い出しを知っている人がどれくらいいるか分からないが、二番はこんな歌詞で始まる。
「夏は暑すぎて 僕から気持ちは重すぎて」

「夏は暑過ぎて」のフレーズが歌い終わると同時にポルコはすっと口元に手を添え、こう叫んだ。

だから半袖!!

なんだその合いの手は。

バラードにそんなアホみたいな合いの手を入れられる人間をポルコ以外に私は知らない。
何事も無かったかのようにビールを飲んでいるのがまた悔しい。笑いを取ることに慣れている。天才だ……

後にも先にも、ポルコのような感性を持った人に出会ったことはない。
私もその後台本を書く機会があったが、足元にも及ばなかった。笑いのセンスというのは、到底真似出来るものではない。

それから2年後、演劇部はあまりの人数不足に休部となり私も演劇からは離れてバイト漬けの日々になった。先輩達とは卒業後ほとんど会っていないし連絡も取っていない。

部員を増やせず休部判断をしたのは私なので、その後ろめたさもあって連絡を取る勇気が出なかった、というのが正しいだろう。

今となっては、後ろめたさより懐かしさが勝っているが、やはり連絡を取る勇気はまだ出そうにない。

それでも、夏が近づいて半袖に衣替えするたびにあの合いの手を思い出す。
ポルコと呼ばれた男の笑いのセンスをいつまでも追い越せずに、また夏がやってくるのだ。




ApplePencil購入資金、もしくは息子に酢だこさん太郎を買い与える資金になります。