朝顔

「この前部屋の掃除してたら懐かしいものが出てきてさ。」
「何?」
「何だと思う?」
 陽介は意地悪そうに尋ねてきた。
「せめてヒントの一つや二つないとわからないぞ。」
「ヒントは、懐かしいもの!」
 バカである。
「いやそもそも、懐かしいものが出てきたって話をしてるのにそれじゃあヒントにならないだろ。」
「あそっか。うーんと、小学生の頃のもの。」
「うーん……あ、卒業アルバムか。」
「ブー、残念。正解は、夏休みの宿題でした。」
「夏休みの宿題?よくそんなもん取ってあったな。」
「お母さんが段ボールに入れて取っといてくれたんだ。」
「なるほどな。」
 陽介のお母さんはフワフワしているように見えて昔からそういうところはしっかりしている人なのだ。
「でも夏休みの宿題って、ドリルとかじゃないだろ。」
「さすがにね。自由研究とかそういうの。」
「自由研究ね。何してたの?」
「なんか工作とか、理科の実験みたいのとか、そんなのがあったかな。」
「ああなんかそんなんだったな。粘土で貯金箱作ったり、色水作ったり。」
「そうそう!あと、朝顔の観察日記もあったんだよ。」
 とても懐かしい響き。朝顔の観察日記というのはどの時代どの場所でも行われている夏休み一のあるあるだと思う。
「あったな。あれは絶対やるよな。」
「なんでだろうね?」
「まあ夏休みも毎日さぼらずに何かしなさい、みたいなことなんじゃん?」
「日記とかもさ、やり忘れると後で天気のところで苦労したよね。」
「ああそんなこともあったな。それこそ今だったらスマホで調べれば一発なんだろうけどな。」
「いい時代になったよ。」
 しみじみとした口調でそう言う陽介。俺たちだってたかだか十五年ほどしか生きてないことを忘れている。
「で、朝顔の観察日記がどうかしたの?」
「いやなんとなく見てたら、へえ!、っていうことが書いてあってさ。」
「小学生の自分に学ばされたわけだ。」
「そうそう、そういうことあるよね。」
「まあそうだな。」
「朝顔って実は、ヒルガオ科なんだって。」
 少し違和感を覚える。どこかで聞いたことがある知識だ。
「で、昼顔も夜顔もヒルガオ科なんだけど、夕顔は……」
「ウリ科、だろ。」
「……正解。何だ、知ってたの?」
「そりゃあもちろん。それは俺が陽介に直接授けた豆知識だからな。」
「あれ、そうだったっけ?」
「ああ。」
「その頃からそんな豆知識持ってたんだ。」
「それもある。でもその知識は陽介が泣きついてきたから授けたんだ。」
「泣きついてきた?」

 物心ついた時には俺と陽介は一緒に遊んでいた。いわゆる幼馴染ってやつだ。そんな陽介が、小学一年生の夏休みも終わろうかというある日、俺の家に泣きべそをかきながらやってきたのだった。
「まっつ、どーしよ。朝顔まだ何にも書いてないのになくなっちゃった。」
「えー、やってなかったの?」
「うん、どーしよ。」
「じゃあ僕の写す?」
「いーの?」
「いーよ。でもちょっと変えてね。」
「うん分かった!」
 陽介は涙をぬぐって写していた。
「でもこれ、バレないかな?」
「うーん、じゃ、本当は僕が書こうと思ってた朝顔の知識、これ陽ちゃんにあげる!」
「いーの?」
「いーよ。」
「ありがとう!」
「うん!実はね……」

「思い出しました。よく調べてきたね、って褒められたわ。」
「それならよかった。俺も懐かしいこと思い出せたよ。」
「昔っからまっつんに頼ってばっかだね。」
「別に、それはお互い様だからいいよ。」
「まっつん!」
 あの「ありがとう!」の時と同じ目だ。陽介はいつまで経っても変わらない。
「じゃあここで、もう一つ豆知識。」
「なになに?」
「ユウガオが、かんぴょうになる。」
「へえ!じゃあ、あの観察日記に書き足しておくよ!」
「それがいい。」
 俺は笑いながらそう答えた。