豆腐

 午前中の授業が終わると、クリスはスーと一緒に学校を後にした。
「三時限目が休講だなんて珍しいよね。」
「そうね。でもたまにはこんなラッキーな日があってもいいわよ。」
「そうね。」
 二人は日本の大学での授業が嫌いというわけではなく、むしろ異国の地に学びに食ている分、好きな方だったが、こういったことが喜ばしくないわけではなかった。
「お腹減ったね。」
「そうね。」
「お昼、どうしようか。」
「うーん……あ、そうだ。この前テレビで見たレストランが美味しそうだったの。」
「へえ、どんなところなの?」
「なんかね、日本食っていう感じの、定食だっけ、あれのお店。」
「ああ、ご飯とお味噌汁とおかずと、みたいな?」
「そうそう。それと、小鉢だっけ、それもついてます、みたいな。」
「うんうん、いいね、行ってみましょう。」
 スーはスマホを取り出すと、何やら調べ始めた。
「お店の名前はこれ。」
 スーのスマホのメモ帳には、この前テレビで見たというそのお店の名前が記されていた。
「ちょっと調べてみるわね。」
「うん、お願い。」
「ああ、ここから電車で20分くらいなんだって。」
「へえ、いいわね。」
「でも、クリスの家とは逆方面みたいだけど、大丈夫?」
「もちろん。なんていったって、今日は午後の授業ないんだから。」
「そうね。行きましょう。」
 二人はまだ踏み入れたことのない土地にドキドキしていた。
「もう日本に来て結構経つわね。」
電車に乗り込むと、スーはそんな話をし始めた。
「確かに、あっという間よ。」
「もう結構いろんなこと分かったつもりだったけど、まだまだ知らないことばっかり。」
「それはそうよ。だって自分の国のことだって知らないことなんてたくさんあるもの。」
「ああ、それもそうよね。あ、そうだ、この前もびっくりしたことがあったの。」
「どうしたの?」
「この前ね、はじめて豆腐を食べたの。」
「ああ、豆腐ね。」
「あれ、味がしないの。」
「え?」
 スーからのまさかの感想に、思わず大きな声で驚くクリス。
「Sorry.」
 クリスは慌てて周りの乗客にぺこりと頭を下げた。
「味はするわよ。」
「ほんの少しじゃない。」
「ええ、そうかしら。」
「そんな話してたら、醤油をかけてみたら、って言われてかけてみたの。」
「美味しいわよね。」
「美味しいけど、さすがにねえ。」
「なによ?」
「どっちも大豆からできてるのよ。」
「それは、そうだけど。でもタマゴにマヨネーズかける人だっているでしょ。」
「うーん……あ、それで言ったらあれは美味しかったわ。」
「あれ?」
「玉子豆腐よ。」
「なにそれ。」
「あら、知らない?」
「うん、知らない。タマゴが乗ってるの?」
「載ってるわけじゃなくて、うーん、しょっぱいプリン?」
「しょっぱいプリン?」
「そう。で、美味しいの。」
「しょっぱいのに美味しいプリン……想像つかないわ。」
「今度頼んでみなさいよ。」
「うん、そうする。」
 クリスは、まだまだ知らないことがあるなと改めて痛感するのだった。

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