輪投げ

 冬という季節はどうしてこうも寒いのか、そんな答え泣き問いを頭の中に思い浮かべながら、涼は布団の中にくるまっていた。
 もういよいよお昼前になるというのに、布団から涼が出る兆しはなかった。
 結局冬は布団の中にこもるに限る。涼は至福の時間を満喫していたが、何やら階下から涼を呼ぶ声が聞こえる。
 涼は全身すっぽり入っていた布団から頭だけを出した。
「涼ちゃんー?」
 どうやら涼の母親のようだった。
「なにー?」
「いつまで寝てるの?」
「今日は何もないからいいのー。」
 涼はそういうとまたすっぽりと布団の中に納まろうとした。
 しかし、階段を上がってくる足音が聞こえる。
「涼ちゃんー?」
 扉をノックしながらこちらの様子をうかがっている。
「だから、今日はずっと布団の中にいるの。」
 ガチャッ。涼の意思に反して扉は開かれた。
「一日布団の中なんかいないの。」
「いいじゃん、冬休みなんだしー。」
「あのねー、少しは体動かさないとダメよ。」
「ええー。」
「はあ……」
 風香はため息をついた。
「あそこの神社でちょっとしたお祭りみたいのやってるから、かえちゃん連れて行ってあげてよ。」
「えー、なんでよー。お母さんが連れて行けばいいじゃん。」
 せっかくの休みだというのに、妹とお祭りだなんて、涼は文句を言った。
「お小遣い。」
 風香は小さな声でそう呟いた。
 すると、体中に電流でも駆け巡ったように、涼が布団から飛び起きた。
「お小遣い?」
「そう、あげるから。それでかえちゃんも連れてってあげて。」
「いくら?」
 涼は真剣な表情で尋ねる。
「500、じゃあ少ないだろうから、1000円。」
「うーん、もう一声。」
「ええ?」
 風香も頭を抱える。
「2000!」
「それは調子に乗りすぎ。」
「じゃあ1500!」
「んんー、ちゃんとかえちゃん連れてってくれる?」
「もっちろん!」
「わかった。」

 なかなか現金な性格である。先ほどまであれほど布団の中に痛がっていたのに、涼は10分と経たずに準備を終えた。
「じゃあかえちゃん、お姉ちゃんと言っておいで。」
「うん!」
「お姉ちゃんの言うこと聞いてね。」
「うん!」
「涼ちゃん、人も多いからちゃんとかえちゃんと手繋いでね。」
「わかってるって。」
「かえちゃんもね。」
「うん!」
「じゃあ行ってくる。」
「行ってきます!」
「はい、いってらっしゃい。」

 年始ということもあり、出歩く人や車の往来も少なかったが、神社に近づくにつれて人の数が多くなっていった。
「かえは何したい?」
「うーん、金魚すくい!」
「ああ、金魚すくいは多分ないかな。」
「え、そうなの?」
「うん。ああいうのは夏のお祭りかな。」
「そっかー。」
 楓は少し残念そうな表情を浮かべた。
「あ、でもでも、射的とか輪投げとか、そういうのならあるんじゃないかな。」
 涼は慌ててフォローする。
「輪投げ?輪投げね、かえちゃん得意!」
「おお、そっか。そしたら、それやろっか。」
「うん!」
 楓は満面の笑顔でそう答えた。

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