一派、爆誕

今回の御話はこちらの動画で披露したコント??の小説版となっております。
もし宜しければこちらもご覧くださいまし!


 昨日も今日も明日も、朝を迎えるとのしかかってくるはバイトの三文字。こんなことがしたくて都心に出てきたわけではないのに、夢を追いかけるためには膨大な対価を支払わなければならない。
 いつものように家を出て、いつもの道でバイト先に向かい、いつもと変わらぬ仕事内容。
 飽き飽きしてきたところで、これをやめたら最期、明日も食えなくなってしまう。
 今のバイトが面倒くさいとか、人間関係に嫌気がさしているとか、そんなことは微塵もない。ただやはり、芸事で飯を食いたいのである。
 やっとのことで休憩時間を迎え、スタッフルームに入りスマホを確認してみる。急な仕事など決まるはずもなく、数件のメッセージを告げる数字だけが静かに点灯している。
 連絡をくれたのは、先輩芸人だった。

「お疲れさん。今夜空いとる?」
 ライブで被って以降、何かと可愛がってくれている黒松からのメッセージだった。
「お疲れ様です。18時にはバイトが終わります。」
 とりあえず簡単に返事を済ませ、昼食にでもありつこうかとしたとき、スマホが音を立てた。
「それやったら、今夜ビギンマンと飲むんよ。ちょっと話したいことあるから来れへんかな?」
 こうなったら一刻も早く返事をせねばならない。
「せっかくですので、伺わせていただきます。」
 送った瞬間に、既読マーク。
「おお、よかったわ。そしたら、バイト終わり次第、ビギンマンの家に来てくれるか?家の場所は分かるやんな?」
「以前お邪魔させていただいたので、大丈夫です。ちなみに、何か必要なものはありますか?」
「そこら辺はこっちで済ませておくから、気にせんといて。あ、楽しむ気持ちだけは持ってきてな(笑)」
「了解しました!」
 そう言うと、可愛らしく了解ポーズをとる動物のスタンプを一緒に送った。今夜もなかなかしんどそうな夜である。
 黒松兄さんは、決して悪い人間ではないのだが、時折少しばかり面倒くさく感じることがあった。
「よし、頑張ろ。」
 誰に言うでもなく、あえて言うならば自分に言い聞かせるようにして頬をパチンと叩いて見せた。

 記憶を頼りに歩いていると、以前も一度来たことがある見覚えのあるアパートが目に入った。
 インターホンを押すと、入って、という声が。
「お邪魔します。」
 ゆっくりと扉を開けると、部屋の奥から黒松がひょこっと顔を出した。
「おお、北。ビギンマン、北が来たでー。」
 既に出来上がっているのだろうか。普段はテラーと呼ぶはずなのに、顔を見るなりそんなことを口ずさんだ。
「失礼します。」
 靴を揃え部屋に上がる。
「おお、テラーくん。お疲れー。」
「お疲れ様です。すいません、お邪魔しちゃって。」
「ああ、いいよいいよ。」
 家主であるビギンマンはいつもと同じ、優しい雰囲気を醸し出していた。
「適当に座っちゃって。」
 部屋の真ん中に置かれた机の上には既に鍋がセットされており、ビギンマンはキッチンとそこの間をせっせと往復していた。
「はよ座りな。」
「あ、はいすみません。」
「テラー待ちでまだ飲んでへんのやから。」
「あ、すみません、まだ始められてなかったんですね。」
「ええねんええねん。」
 黒松からの気遣いというよりも、あの冒頭の挨拶が素面だったことに少々面食らいながら席に着く。
「もう始められそうか。」
 黒松からの問いかけに、親指を立てて見せるビギンマン。
「とりあえず一杯目はビールでええか?」
「はい。」
 皆にビールがいきわたったところで、黒松が咳払いをしてみせる。
「じゃ、乾杯の挨拶を、ビギンマンしてもらえるか?」
「じゃあ失礼しまして……」
 ビギンマンは一瞬目を伏せると、顔をあげてコールした。
「圧勝!」
「いや乾杯やろー!何、勝ち誇ってんねん!」
 これはまた、楽しそうな宴の始まりである。
「いやあ、やっぱりこうして仲間と飲む酒は最高やな。」
 黒松の言葉に、うんうん、と漏らしながら首を縦に振るビギンマン。
「ビギンマン、今日もお邪魔してすまんな。」
「あ、お邪魔してます。」
 さっきも言ったが、しっかりというに越したことはない。
「いいよいいよ、気にすんなって。狭い家だけど、ゆっくりしてってよ。」
「狭いだなんてそんな。すごい広いですよね。」
 この家に呼んでもらうのももう何度目かだったが、お世辞抜きに、広くて綺麗な立派な家だった。
「間違いあらへん。で、これで家賃が?」
「まあ、4万3千円。」
「ええ買いもんしたな。」
 初めてこの家に足を運んだ時にも見た。二人の中での鉄板のくだりなのだろう。
「本当、すごいですよね。」
「毎回褒めてくれるけど、別に俺がすごいわけじゃないから。」
「いやあ、こんな物件掘り当てるやなんて、不動産界の吉村作治やん。」
 ビギンマン曰く、黒松の特技であるツッコミの炸裂に腹を抱えて笑うビギンマン。自分もつい愛想笑いをしてみる。
「やっぱりカヲルのツッコミは最高だな。ね、テラーくん。」
「そうですね。」
 顔が引きつっていないか心配になりながらそう答えた。
「はあ、やっぱり楽しいわ。」
 ビールを再び煽ると、黒松はそう呟いた。
「そうだね。あ、せっかくだから食べ始めようよ。」
「そうですね。あ、自分取り分けます。」

 ひとしきり飲めや食えやをしたところでビギンマンが切り出した。
「あ、そういえば、今日はなんか話したいことがあるって言ってなかったっけ。」
「あ、そういえばそうでしたね。」
「そうやそうや。ついつい楽しくて忘れとったで。」
 ニヤッと笑って見せる黒松。
「もう、頼むよー。」
「すまんすまん。いやな、よくテレビとか見てると、芸人さんがなんちゃら軍団とか作ってるのあるやん。」
「ああ、ありますね。」
 最近見たテレビでもそんな取り上げ方をされていた芸人を思い浮かべた。
「ああいうのって、その軍団がちゃんと機能したものになると、それだけでテレビに呼ばれたりするやろ。」
「確かに。それこそテレビ出演まではいかなくても、写真が映る機会は多かったりするよね。」
「せやろ?だから、それをやろう思うて。」
「え、あ、なるほど。」
 結構な提案に少し驚く北。
「うん、名案だね!ねえ、テラーくん。」
「名案ですね。」
 なるべく感情を載せずに答える。
「ということで、早速その軍団というかの名前も考えてきたわ。」
「名前ですか。」
 そんなに考えることがあるのかいささか不安な気持ちを抱く。
「まあ発起人は俺なんやけど、黒松軍団じゃあ面白ないやん。」
「どうですかねえ。」
 軍団という昔からあるシステムを起用しながら、その名前に面白さを求めるというギャップに少し違和感を覚える北。
「まあ確かに、そこを攻めてこそのカヲルだもんな。」
「せやろ。」
 果たしてそうだろうか?
「だからちゃんと考えてきてん。名前は、黒松一派。」
「おお……」
 呆気にとられるとはまさにこのことである。
「うん……いいね、さすがカヲル!」
 全肯定のビギンマン。
「ということで、早速グループの方作るから、ちょっと待ってな。」
 スマホを取り出し、何やらポチポチとする黒松。
 着信音が二通鳴り響く。
「今作ったで。」
 スマホを確認すると「黒松一派」への招待状が届いていた。
「あ、ありがとうございます。」
「早速入るよ。いやあ仕事が早いなあ、カヲルは。」
 黒松はまんざらでもない表情を浮かべた。
「で、こっからが本題なんやけど……」
「あ、今の話って本題じゃなかったんですか。」
「当たり前やん!今のは言うたら入口の部分やから。」
「そうだったんですね。」
 さらなる武器の存在に恐れおののく北。
「ゲームやったら、まだチュートリアルやで。」
「ははは。」
やはり腹を抱えて笑うビギンマン。
「セレクトボタンでメニューが開けるよ、ってか。」
「せやせや。」
 いや待ってほしい。なんとなく流れたが、なんならビギンマン兄さんの方が美味いことを言えてないだろうか。
「本題に入ってくれよー。」
「ああ、すまんすまん。いやな、この黒松一派で、SNS始めようや。」
「おおお……」
 大きな核弾頭が投げ込まれた。
「というと、具体的には?」
 なぜか興味津々のビギンマン。
「まあ今の時代SNSでいかにバズるかが大事になってくるやん。」
「そうだね。」
「そうですね。」
そこには北も納得しないわけではない。
「せっかくやから、ドカンと企画動画とかから始めようかと思ったんやけど、時代はショート動画やねん。」
「ああ。」
「うんうん。」
「まずはそこで早いところバズって、それで固定ファンを獲得する。」
「なるほどね。」
 なぜだか納得した様子のビギンマン。
「それでファンが増えてきたら企画動画だったり、ラジオだったり、そういう方にも手を出して、いずれは収益化しようかと思っててん。」
「それは名案だわ。」
 雷に打たれた表情のビギンマン。
「テラー、どうかしたか。」
 つい、浮かない表情が表に出てしまった北を見抜く黒松。
「いやあの……それじゃあと言いますか、一つだけよろしいですか。」
「ええよ、ええよ。」
「その、具体的に、何をやってバズらせるんですか?」
 ここが一番の関門である。黒松兄さんはどこまで考えているのだろうか、それを聞いて見たくて尋ねる。
「うーん、まだあんまり考えてへんねん。」
 試合終了のゴングが鳴り響く。
「まあでも、地下芸人のリアルとか今までの御互いの経歴とかからキャラ見つければ、意外と行くと思うで。」
 そんな簡単にいくとは思えない。
「うん、そこら辺はなんとかなるっしょ。三人も頭脳あんだし。」
 そしたらそんなことをする前から芸事で大成しているはずである。
「いやあ……」
 ついつい難色を示してしまう北。
「大丈夫やって。始める前はそうやって心配してまうかもしれんけど、意外とやってみたらなんとかなんねん。」
 始まり出したら止まれないところが一番怖くもあるのだ。
「あの、もう一つよろしいですか。」
「もちろんや。」
「ちなみに、その編集とかそういうのは誰がやられるんですか。」
「ああ、そうやな。」
 少し中を見つめる黒松。
「俺はできへんねんやけど、テラーはできるか。」
「いや、自分はやったことないですね。」
「そっか。ビギンマンは?」
「うん……やってみるよ。」
「え、やってみる?」
「ほんまか。」
「うん、乗り掛かった舟だしね。」
「ビギンマン。」
 知らぬ間に二人の目はキラキラと輝き始めていた。
「舵を切る方向は任せたぜ、船長。」
「おいおい、誰が麦わらの黒松や!」
 二人は今日一番の爆笑をする。
「俺たちなら絶対いける。そうだろ、カヲル。」
「もちろんや。出航!」
 そう言いながら二人は左手を突き上げて見せた。
「おいテラー、ここはこうやん。」
「すいません。」
 ついていけなさに拍車がかかりすぎて、最早混乱すらしてきていた。
「あれ、もうお酒少ないかも。」
 ビギンマンは辺りを見回して呟いた。
「あ、じゃあ自分買ってきます。」
 すぐに腰を上げる北。
「じゃあ、酒樽お願いしていい?」
「酒樽、ですか。」
 急な角度のボケに対応しきれない北。
「いや海賊やないんやから!」
 ここぞとばかりに声を張り上げる黒松。
「ははは、よくわかったね。」
 ビギンマンは手を叩きながら笑った。
「そりゃあ分かるやろ。黒松やで。」
「カヲルだもんな。」
 不毛な二人のやり取りを分断するかのように割って入る北。
「あの、じゃあとりあえず普通に買ってきます。」
「おお、頼むわー。」
「コンビニでいいから。」
「はい、わかりました。」
 少しばかり酔った状態で外に出ると、涼しさを通り越して寒い風が身に染みた。
「ああ、しんどい。」
 ついついそんなことを呟きながら、コンビニへと向かうのだった。

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