とっくり

「すごいバカげた質問してもいいですか?」
「そんなに自分を悪く言うな。疑問を持つことは大切だ。いくらでもして来い。」
「はい。ありがとうございます。」
「で、なんだ?」
角田はペットボトルのお茶を一口飲んでからそう尋ねた。
「あの、お酒っていっぱい種類あるじゃないですか。それこそ日本酒だけでもたくさん。」
「ああ、そうだな。うちでもいくつか作ってるよ。」
「ですよね。ああいうのって、そんなに違うもんなんですか?」
「うん、まあお前はまだ飲めないからな。」
「はい。」
「まあ名前が違うってことは、やっぱり違いがあるってことだな。」
「なるほど。その、具体的にと言いますか、どう違うんですか?」
「まあ味だったりアルコール度数だったり、違うところをあげたらキリがねえ。」
 清志は頷く。
「むしろ日本酒なんて括りはあるが、同じところなんてその括りが一緒くらいなもんだ。」
「そんなにですか。」
「そりゃあそうよ!」
角田は力強く答える。
「お前、コーヒーは飲むか?」
「はい。」
「そうか。普段はどういうコーヒーを飲んでるんだ?」
「インスタントコーヒーです。」
「おお、なるほどな。じゃあたまに貰いもんとかで高いコーヒー貰って飲んだことはないか?」
「何度かあります。」
「どうだった?」
「なんて言うんですかね、豆の味がするというかやっぱり美味しかったですね。」
「そうだろ?そういうことだよ。」
「ああ、なるほど。」
「コーヒーも豆やら何やらで味が変わるように、日本酒も色んな要素で味が変わり、値段だったりも変わるってわけだ。」
「確かに、すごい高級そうな日本酒もあれば、よく見かけるようなのもありますもんね。」
「そういうことだ。別にどっちがいいとか悪いじゃない。その時々によって飲む酒が変わるってだけの話だ。」
「そうなんですね。」
「それに、本当に楽しみたかったら酒以外の要素だって大事になってくる。」
「酒以外?おつまみとかですか。」
「まあそれも間違いなく大事な要素だな。普通、ワインを飲むならチーズとかの方がいいし、日本酒を飲むなら刺身の方がいい。もちろん、チーズに合う日本酒や刺身に合うワインってのもなくはないけどな。」
「え、そうなんですか?」
「そりゃあそうよ。どこの酒蔵だって新しいものを常に追い求めてるんだ。」
「なるほど。」
「でも俺が言ったのはそこじゃない。酒っていうのはな、飲む器によっても変わってくるんだよ。」
「飲む器、ですか。」
「そう。ワイングラスとかとっくりとか、そういうの聞いたことあるだろ。」
「ああ、はい。」
「ああいう器でも味は変わるんだよ。」
「そうなんですか?」
「そうよ。量販店に売ってるようなコップを使うのも良かろう。でも真に楽しもうと器にまでこだわるやつもいるんだよ。」
「へえ。やっぱり違うもんですか。」
「違うな。もちろん物も変わってくるし、それに何よりそうまでして酒を楽しもうって言うのがイキじゃねえか。」
「イキですか。」
「そうよ。そんなのは気持ちの問題だと言われればそうかもしれんが、目の見えないそういうところにもこだわるってのは案外大事なもんなんだよ。」
「勉強になります。」
「そうか、そう言ってもらえたら、歳をとった甲斐があるってもんだ。」
「歳をとった甲斐ですか?」
「おお。まあ今のお前にゃ分からんだろうが、いつか分かるよ。」
そういうと角田はもう一度お茶を飲み、練習に戻るのだった。

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