ガムテープ

「最近何かあったんですか。」
 打ち合わせも終盤、大方の方向性が決まりほっと一息というタイミングで、雨相は急にそう切り出した。
「え、何でですか?」
 高森は怪訝そうな表情で雨相を見る。
「いや、最近高森さんからの返事が遅いな、と思いまして。いつもだったらすぐに返事をくださるので。」
「ああ、そういうことですか。」
 やっと合点がいったようだった。
「もしかして何か悩みですか。失恋の相談とかだったら、きっと朱里も力になれると思いますし。」
 雨相は前のめりにそう言った。
「いやそういうんじゃないですから。大体、失恋する相手も長いところいないですし。」
 高森は笑いながらそう答えたが、雨相は何ともいうことができず、お通夜のような空気に包まれた。
「いや本当、何でもないんですよ。実は近々引越しをすることになったので、その準備で色々と忙しくて。」
「ああ、なるほど……え、まさか異動、ですか。」
「違いますよ。ようやくお金もたまってきたので、そろそろ寮を出ようかな、と。」
「あ、今まで寮で暮らしてたんですか。」
「はい、そうなんですよ。まあなんていうんですかね、趣深いというか、情緒があるというか……」
「おんぼろなんですね。」
 高森の言い方から察した雨相がはっきりと言い放った。
「そうは言ってません。」
 高森は断固とした口調でそう返した。
「まあそんなことがあるんで最近引っ越しの準備に忙しくて。」
「それは仕方ないですね。」
「本当、申し訳ありません。」
「いやいいですよ、返事や原稿が遅れたって気にしないで行きましょうよ。」
「そうです……え、原稿?」
「いや、まあ……」
「原稿はちゃんと締め切りを守ってくださいね。」
 高森は険しい表情を浮かべた。
「はい。」
 雨相も高森の表情を見て、静かにそう答えた。
「あ、そうだ。高森さん、引っ越し作業をするってことはガムテープとか使いますよね。」
「まあ、それはもちろん使いますけど。」
 雨相からの突然の要領を得ない質問に、高森は少々面食らった。
「僕たちが使ってるガムテープって、実はガムテープじゃないんですよ。」
「ガムテープじゃない?」
「はい。推理物を書いてた時にトリックで使いたくて色々調べたんですけど、本来のガムテープは接着面を水で濡らして使うらしいんですよ。」
「水で濡らす?そんな変な使い方するんですか。」
「そう思いますよね。でも、似たような使い方をするもの、一度は見たことあると思いますよ。」
「え、なんだろ。お札?」
 ボケなのか天然なのか、わからない回答をする高森。
「いや、おじさんじゃないんですから。そうじゃなくて、切手ですよ。」
「ああ、なるほど!確かに、ぺろって舐めますね。」
 高森は強く頷いた。
「だから今使われてるような、紙とか布製のガムテープはガムテープじゃないんですよ。」
「そうだったんですね。」
「まあ、それだけです。」
 雨相はそう言うとニコッと笑った。
「ああ、そうだ。何か必要なもの、まだ買いそろえてないものとかありませんか。」
「え、何でですか。」
「引っ越し祝いですよ。」
「いやそんな……」
「普段からお世話になってるんです、それくらい遅らせてください。」
「いや、その……」
 前を見ると輝く目で見つめてくる雨相。
「じゃあ、お言葉に甘えて。少し考えてからでもいいですか。」
「もちろん。」
 高森も雨相も嬉しそうな顔をした。
 これで少しだけ締め切りをごまかせると、雨相は思うのだった。

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