冬。寒さが身体に染み入るこの季節。
朝布団から出ることすらも阻まれ、出来るならその日の予定など全て亡きものとしてずっとこの温もりに浸っていたい。そんなことを朝から思う、人をダメにする季節。
そうだ、動物だって冬眠するのだ。本来人間も動物であるんだから、これは生物として真っ当な感覚なのである。
まあそんなことをいかに正当化しようとしたところで、それが社会に通ずるわけもなく、もちろんいつも通り、名残惜しさはあるものの布団に別れを告げるのだ。
勇樹にとって、冬は苦手な季節だった。

冬。夜の長いこの季節。
夏場であれば、夜の7時前くらいでもまだ明るく、まるで一日の時間が長くなったようにすら感じられる。しかし、冬は違う。
朝5時にでも目が覚めてみれば、まだ夜中かと思うほど暗い闇夜が辺り一面に広がっているし、逆に夕方の5時ともなればすっかり日も落ち、正しく夜を迎える。
5時という時間帯は、17時の方である、夜というには早い時間帯だ。だからこそあえて、夕方の5時なんて言い方をするのだが、それでも冬のそれは正しく夜である。
そもそも朝や夕方という概念は夏だけとは言うまいが、春や秋こそ含まれているものの、冬は除かれている気がする。やはり、冬というのは異質な季節なのだ。
人間は動物であり、植物ではない。光合成をして成長するわけではなく、食べ物を糧にしているが、しかしやはり太陽によって人は生かされている。
月もまた太陽の光が反射したものだが、やはり太陽の光に勝るものは無い。それゆえ、日照時間の短い冬はどうにも陰鬱な気分にさせられた。
陽介にとっても、冬は苦手な季節だった。

いつもと変わらない帰り道。勇樹と陽介はその寒さに身震いをさせながら帰っていた。
いつもであればここにいるはずの英一も今日ばかりはいない。今日は学校終わりに彼女とデートをするということで、一人足早に駅の方へと向かっていった。
そんな英一の背中を見送ったばかりということもあり、二人はいつも以上に冷えていた。これは身ばかりではなく、おそらく芯の、心の部分にまで寒さが伝播していたのだろう。

「寒いなあ。」
「本当ね。」
「いつもより、寒いなあ。」
「本当ね。」
昔からの付き合いにもかかわらず、二人きりになっても会話が止むことはあまりなかったし、もし会話が止んだとしても気まずい空気が流れることなど決してなかった。しかし、今日はどうにもいつものような調子にはなれなかった。
「ちょっと、カフェでも行くか。」
「うん、今日は暖まろう。」
普段ならドリンクバーにみんなでポテトひとつを分け、ファミレスで無駄話に花を咲かせる二人だったが、今日ばかりはなんだか、少し値は張っても、カフェなんて場所に行きたい、そんな気分だった。

 いざカフェに入ってみたが、近くの席に座っている女子高生たちみたいに、季節限定のメニューを楽しむような気分でもない。二人は、ホットのカフェラテをそれぞれ買って席に着いていた。
「なんか落ち着かないね。」
「そうだな。」
 オシャレなミュージックにオシャレな配置の座席たち。
 学校帰りのひと時を楽しむ女子高生たちもいれば、おそらくカップルなのだろう。男女の高校生がちらほらといる。二人にとって今一番忌み嫌う存在と言っても過言ではなかった。
 近くの席ではサラリーマンがパソコンを開き、大学生と思しき小洒落た男性は、イヤホンを耳にさしながら何やら勉強に励んでいる。
「ここじゃなかったな。」
「うん。見栄、張っちゃったかもね。」
 二人は頼んだカフェラテを必死に消費することに専念した。寒い季節だというのに、快適に過ごせる温度になっているこの店内においては、このホッとカフェラテが少し熱くも感じられた。
 少しして、カフェラテを飲み干した二人は店の外へと出た。しかし駅に併設されていることもあり、まだここは暖かい。
「冬は嫌だねえ。」
「本当な。寒いし。」
「日も短いしね。」
「いいとこなんかほとんどない。」
「まあでもほら、雨は少ないよ。」
「まあ、それはそうだな。よし、出るぞ。」
 覚悟を決める。ここからは外、寒さが襲ってくる。
「ああ、ほら。空もすっかり……紫?」
 外に出て空を見上げながら、陽介が漏らすように言った。
「おい、マジか。」
 勇樹は少し頭を抱えた。
「どうしたの?」
「紫ってことは、明日は雨かもな。」
 二人はやはり憂鬱な気分を抱えたまま、帰路に着くのだった。

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