ラー油
「お待たせしました、こちら油そばになります。お暑いのでお気を付けください。」
タオル鉢巻をした若い男性店員は、カウンターの上に油そばを置きながらそう言った。
「ありがとうございます。」
「卓上のトッピングはご自由にお使いください。ごゆっくりどうぞ。」
そういうと、店員は湯気立ち昇る調理場へと戻っていった。
英一は細心の注意を払いながら、カウンターの上に鎮座している油そばをゆっくりと机の上におろした。
「いただきます。」
いつもであれば目覚ましもかけずに昼過ぎに起きるのが英一の日曜日の過ごし方だったが、今日は珍しく8時には目を覚ました。
もちろん学校がある平日に比べれば全然遅い時間なのだが、なんだか休日ということもあり、これは間違いなく早起きだった
起床した英一が枕元に置かれたスマホに手を伸ばすと、茜からの連絡が目に入った。
今日はこれから会うのにわざわざ連絡してくるなんて可愛いなあ、そんなことを思いながらスマホを開く。
するとそこには、「ごめん、熱出ちゃった。今日のデート楽しみにしてたのに、いけなくなっちゃった。」というメッセージと、38.6度という数字が表示された体温計の写真が。
「おお…」
思わず声が漏れてしまう英一。残念な気持ちはあったが、こればかりは仕方がない。
英一は、「仕方ないよ、しっかり休んでね。」と連絡し、そっとスマホを置いた。
うーん、どうしよう、英一は頭を回転させる。
普段であればそんなことは思わないのだが、こうやってリスケになった日に家にいると、非常にもったいない気がしてしまう。
英一は頭を悩ませ、思いついた。そうだ、気になっていたお店に行こう。
普段であれば、行列の店にはあまり並びたくないたちだったが、予期せぬ出来事によってフリーになってしまった今日こそ、行くべき時なのかもしれない。
そう思い立った英一は一度布団の上に置いたスマホをもう一度手に取り、気になっていた店の情報を調べ始めた。
麵屋宝鉢(ほうはつ)は英一の家から電車で30分ほど行ったところにある人気のラーメン店だった。
もちろんラーメンも人気だったが、特にこの店は油そばが有名だった。
ここにしよう、そう決めた英一は布団から起き上がるのだった。
英一は卓上に置かれた筒から箸を取り出すとゆっくりと麺を混ぜ始めた。
油そば自体の量が多いため、これ自体が結構な作業だった。
ひとしきり混ぜ終えると、英一は改めていただきます、と言い食べ始めた。
ズズルズル、一気に麺をほおばる。そして口の中で噛んでいくと、口の中に美味しさが爆発をした。
「美味っ…」
あまりの美味しさに少しフリーズしてしまったが、すぐに自我を取り戻すとどんどん食べ進めていった。
量が少なくなってきたところで、オススメの食べ方があったことを思い出し、机の上のトッピングに目をやった。
トッピングの横にはお勧めの食べ方というポップがついている。それによると、マヨネーズとラー油、そして麵屋宝鉢特製のソースがオススメらしい。
英一はそのポップの通りに各種トッピングを油そばの上にぶちまけた。
そしてもう一度しっかりと混ぜ、また口に運ぶ。
「あ、やば…」
あまりの美味しさに、このお店に来てからというもの、英一の語彙力は著しく低下していた。
あっという間にペロリと平らげると、たまにはこうして一人で食べ歩くのも悪くないな、そう思いながら追い飯を注文するのだった。