「清志は、将来なんかやりたいことあんのか?」
 公民館での練習を終え、いつものようにみんなで片付けていると、竜さんは清志にそう尋ねた。
「将来、ですか。」
「ああ。」
「うーん……」
 清志は答えに困ってしまった。
 昔とは違い、今は太鼓という自分が打ち込めるものを見つけた。でもだからといって、将来的に何かやりたいことを見つけたわけではない。まだ高校生の清志にとって、将来というのははるか遠いことのように感じられた。
「まあそうそう簡単に見つかるもんじゃないわな。」
 竜さんは目を閉じながら首を縦に振った。
「すみません。」
「何も謝ることはねえ。お前はうちで太鼓を始めたことで、周りの高校生なんかよりたくさんの大人に囲まれてんだ。色んな人に話を聞いてみろ。」
「はい!」
 清志は力いっぱい返事をした。
「おお、いい返事だ。」
「あの、竜さん……」
「どうした?」
「一つ聞きたいことがあるんですけど。」
「おお、なんでもこい。」
「竜さんは、僕くらいの頃、将来のこととかって考えてらっしゃったんですか?」
「ああ、そうなあ。」
 竜さんは遠くを見つめた。
「俺の場合は角田酒造があったからな。」
「なるほど。」
「絶対酒造を継ぐのだけはやめよう、って思ったもんだ。」
「え!」
 清志は思わずビックリしてしまった。
「え、継ごうと思ってなかったんですか?」
「そりゃあそうだ。若いもんてのは、親に敷かれたレールだけは進まないようにしようとしちまうもんなんだよ。」
「な、なるほど。」
「親が勉強をしろと言われればやる気がなくなるし、この習い事をやれと言われれば、通いたくなくなる。もちろん、そういうところから自分の才能に気付くこともあるけどな。」
 清志は頷く。
「まあ、俺もいっちょ前に若かったってわけだ。」
 竜さんは豪快に笑いながらそう言った。
「じゃああの、どうして酒造を継がれることになったんですか?」
「高校を出て都心の大学に入って、俺はそのまま都会でバリバリ働く気だったんだ。」
「へえ、そうなんですね。」
「でも何か具体的なビジョンがあったわけじゃない。ただ、ここを離れたかったんだ。」
 清志も少しわかる気がした。
「就活前に一度地元に帰る機会があってな、その夜、親父と二人でうちの酒を飲むことになったんだよ。あんな風に親父と二人で酒を飲むのは初めてだったなあ。」
「そういうの、いいですね。」
「だろ。で、乾杯をして一口飲んでみる。そうすると、これがうまいんだ。」
 竜さんは嬉しそうにそういった。
「初めて親父の酒をちゃんと飲んでみたんだが、こんなにうまいのか、と思ったな。全身が、いやもう喉が、もう一口、もう一口と、親父の酒を求めるんだよ。」
 高校生の清志にとってはまだわからない感覚だった。
「俺はその場で親父に頭を下げた。ここを継がせてくれ、って。」
「おお……」
「そしたら親父が言うんだ。まずは外の世界でもまれて来い、って。」
「外の世界、ですか。」
「まあ要は、他のところでちゃんと社会経験を積んで来い、ってことだな。」
「なるほど。」
「だから大学に戻って、就活を頑張ってな。それで六年くらい働いてからもう一度親父に頭を下げに行ったんだよ。」
「六年ですか。」
「自分の中でやっと納得できたのがそれくらい経ってからだったんだ。」
 清志は深く頷いた。
「んで、それから修業を積んで、今に至るってわけだ。」
「ほお……」
「まあだから、俺から言えるのはただ一つ。」
 清志は姿勢を正す。
「早いとこ成人して、一緒にうちの酒を飲むぞ。」
 竜さんはまた豪快に笑った。

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