人間口コミ

 すっかり肌寒くなったこの季節。大きな道路からも住宅街からも離れたところにあるこのさびれた公園は、夜ともなると人気もなく、怪しい雰囲気を醸し出していた。
「あれ、もしかして五十嵐?」
 飲み物でも買おうかとコンビニに向かっていた栗原は、公園のベンチでたたずむ人影を見つけて声をかけた。
「え、ああ栗原。」
 やはり同じクラスメイトの栗原だった。
「どうしたんだよ、こんなところで。」
「いや、なんでもないよ。」
 明らかにその言葉が嘘なのは見え透いていた。
「いやいや、もう夜だってのにこんな人気のない公園のベンチにただただ座ってるやつが、なんでもないわけないだろ。」
「いや、まあ。」
「話してみろって。」
「うーん……」
 どうにも渋る五十嵐を肩に手をかけながら、栗原もベンチに座った。
「なあ。」
「分かった。」
 五十嵐は意を決した。
「俺、好きな人がいるんだよ。」
 五十嵐は思い切って悩みを打ち明けた。
「ああ、松原京香だろ。」
 しかしそれは既に栗原の知っていることだった。
「え、知ってるの?」
「逆に隠せてたつもりだったのか。バレバレだよ。」
「マジか。」
 五十嵐は分かりやすく頭を抱えた。
「で、それでどうしたんだよ。」
「どうしたって言われるとあれだけど、デートすらしたことがないというか、いやそもそも未だにまともに話したことすらなくて。」
「ああ、そうなのか。」
 栗原はなんとなくそんな気がしていた。
「そう。だから、そもそもどんな話をしたらいいのかとかそういうのも分からなくてさ。」
「それで悩んでるのか。」
「うん、恥ずかしい話。」
 わざわざこんな夜に公園まで来て悩むことかとも思いかけたが、高校生の自分たちにとっては由々しき事態である。
「恥ずかしくねえよ。立派な悩みじゃねえか。」
「ありがとう。」
「しょうがねえなあ。俺が美咲と付き合えたのも五十嵐のお陰だし、手貸すよ。」
「本当かよ、ありがとう。」
 栗原と美咲が付き合ったきっかけを作ってくれたのは意外にも五十嵐だったため、栗原は未だに恩義を感じていた。
「まあ任せろって。」
「お願いします。」
「よし、じゃあズバリ聞くぞ。」
「おお。」
「人間クチコミって知ってるか?」
「人間クチコミ?」
 栗原の頭の上に大きな?が浮かんだ。
「まあ知らないよな。」
「ああ。」
「クチコミサイトってあるだろ?」
「クチコミサイトってあの飲食店とかの?」
「そうそう。それこそほら、通販とかでもあるじゃん。5段階評価で星いくつでした、みたいに答えるやつ。」
「ああ、あるね。」
「ああいうのついつい見ちゃわない?」
「まあ、鵜呑みにするわけではないけど、参考にはしちゃうね。」
 この時代、店を選ぶのも、商品を選ぶのも、
ついついそうやってネットで評価を調べては参考にしてしまうものだった。
「そうだろ。あれの、人間版。」
「あれの人間版って、クチコミサイトの人間版?」
「そう。」
「え、どういうこと?」
 五十嵐の頭の上には、さっきよりも大きな?が浮かんでいた。
「ほら、今の時代SNSを開けば悪口とかなんとか色々呟かれてるだろ。」
「まあそうだね。」
「あれを集約した上で、真偽までしっかり見極めた評価が見られるサイトが、人間クチコミなんだよ。」
「なるほどな。そんなサイトがあるのか。」
「そう。」
 五十嵐の当初の疑問はやっと解消されたようだったが、また新たな疑問が浮かんだ。
「いやでも、そんなサイトあったら耳にしそうなもんだけど、正直聞いたことなかったなあ。」
「そりゃあそうだ。このサイトは、完全紹介制、いわば秘密のサイトだからな。」
「ああ、そうなんだ。」
「そう。」
「え、そんな秘密を俺に教えていいのか?」
「五十嵐だから話したんだよ。」
「ありがとう。あ、でもさ、そんなん限られた環境でその、ある人についての情報なんか集まるの?」
「そう思うよな。でも実は、このサイトの情報源は全世界の人間なんだよ。」
「全世界?え、どういうこと?」
「その情報を見ることができるのはあくまでこのサイトの会員だけだけど、情報網自体は全てのSNSから集めてるんだ。」
「ええ?てことは極端な話、僕のアカウントから得られた情報もあるってこと?」
「その可能性はあるな。」
「マジかよ。それって、大丈夫なの?」
「さあ、知らねえ。まあでもだからこそ、完全会員制なんだよ。」
「なるほど、なんかすごいな。」
 栗原がした話の壮大さに、五十嵐は何も言えなくなった。
「まあまあ。とりあえずはそこに招待するから話はそこからだ。」
「分かった。ありがとう。」
 そうして栗原がスマホを取り出したところで、誰かが二人に声をかけてきた。
「はい、お兄さんたちちょっといいかなあ。」
 二人の視線の先にいたのは、見るからにガラの悪そうな男だった。
「え、僕たちですか。」
 男は笑顔で頷く。
「あの、誰ですか?」
 男は急に怒りの表情を浮かべた。
「俺が誰かなんてのはどうでもいいんだよ、なあ。」
 男は胸ポケットからきらりと輝くものを取り出した。
「ひ、ナイフ。」
「え……」
 思わず黙り込んでしまう二人。
「ああ、すまんすまん。まあ落ち着けって。」
 男はナイフを上に向けたが、恐怖心は拭われなかった。
「まあまあ、言うことを聞いてくれたら振り回したりしないからさ。」
 二人は何もしゃべれない。
「あの……どうすれば……」
 やっと口を開けた五十嵐がおそるおそる尋ねる。
「そりゃあもちろん、お金で解決でしょ。」
「お金ですか……」
「いやでも僕たちまだ高校生で……そんなにお金もなくて……」
「ごちゃごちゃ言ってねえである分だけ出せや!」
 男は再びナイフを二人の方に向けて激高した。
「ひぃ。」
「わ、わかりました。」
 二人は慌てて服じゅうのポケットを叩き、財布を出した。
「はじめから素直に従えばいいんだよ。」
 男は再び笑顔を浮かべた。
 男は二人から財布を奪い取ると、中身を確認し始めた。二人は決して反撃などせず、じっと待っていた。
「は、これで全部?」
「はい、これで全部です。」
「自分もです。」
「いや、ほかにもあるでしょ。」
「あとは、スマホくらいしか。」
 そう言って栗原はスマホを見せた。
「なんだよ、しけてんなあ。」
 男は大きく舌打ちをした。
「はあ、まあいいや。俺、ここら辺によくいるから、次はもっと頼むな。」
 男はそれだけ言うと、唾を吐き捨てて公園を後にした。
「危なかったあ。」
「ほら、ここら辺は夜は危ないから人気がないんだよ。」
「そうみたいだね。」
「とりあえず駅前まで行こうぜ。」
「うん、そうだね。はあ、今月のお小遣いなくなっちゃったよ。」
 二人はげっそりとした表情で、とぼとぼと歩き始めた。

 5分ほど歩き、駅前の賑わいを見せたところで二人は安堵した。
「はあ、ひとまずって感じだね。」
「まあ、無事でよかった。」
 二人はガード下の少し人通りの少ないところで足を止めた。
「はあ、疲れた。」
「ホントな。」
「えっと、何の話だったっけ?」
「だからその、ああ、人間クチコミの話だったろ。」
「ああそうだ、それ。いやでもそんなこと言われてもなかなか信じられないからさ。」
「じゃあ、試してみるか?」
 栗原はいたずらっぽく微笑んだ。
「試す?」
「これ。」
 栗原が見せてきた携帯の画面にはさっきの男が写っていた。
「え、さっきのやつじゃん。撮ってたの?」
「そう、さっきスマホ見せたときに。」
「え、あの時に?」
 どうやら栗原は、スマホしかないと見せつけた時に撮影していたようだった。
「危ないなー。」
「まあまあ、バレなかったんだしいいじゃん。」
「いやそうだけど……え、で、こんな写真撮ってどうすんの?警察持ってくの?」
「お金は返ってくるかもしれないけど、そんなことしたって逆恨みされるだけだろ。」
「それは否めない。」
 警察に届け出ることが正しくないなんて信じられないが、正直栗原の意見は正しいと思った。
「だからせっかくならこの写真を使って人間クチコミの力を見せてあげようと思って。」
「ああ、そういうこと?え、写真なんかでどうすんの?」
「実は人間クチコミってのは、もちろんプロフィールが分かるに越したことはないけど、なんと顔写真さえあれば調べることが出来るんだよ。」
「え、顔写真だけで?」
 五十嵐は驚いた。
「そう。ネットに顔写真なんか上げたら一発で世界中に出回るのに、みんなネットリテラシーがちゃんとしてないからバンバンあげちゃうだろ?」
「それは確かにそうかも。」
 なるほど、どうやらこのサイトはみんなの甘い部分を使っているらしい。
「とりあえず調べてみようぜ。」
「うん。」
 栗原はスマホを取り出し、五十嵐も身を乗り出して画面を覗いた。
「はい、出ました。」
「早いねえ。」
「まあね。」
 栗原は誇らしげに言った。
「名前は小泉雅。出身高校は……うわ、これってあの有名な不良高校じゃん。」
「ホントだ。」
 そこは県内でも有数の不良高校で、入学した生徒の半分も卒業しないことで有名だった。
「こいつはその高校を一年も経たずにやめて、今は恐喝やらなんやらで生計を立ててる、と。ああ、当然のように反社とも繋がりがあるみたいだな。」
「やっぱり。はあ、変に盾つかないでよかった。」
「ホントな。」
 二人はうんうんと納得した。
「やっぱり評価は相当低いな。小学、中学の頃の同級生とか近所の人からの評価は最低レベルだ。」
「本当だ、散々な言われようだね。」
 画面に表示された罵詈雑言を読みながら二人は納得した。
「うわ待って、ほらこれ。」
「え?」
 栗原は一つの投稿をクリックした。
「これ多分、こいつの親からのクチコミだよ。」
「うわ、本当だ。産まなければよかった、って。最悪じゃん。」
「これを親がSNSに書いたりするわけだから、蛙の子は蛙かもな。本当、世も末だよ。」
 二人は少しだけ嫌な気分になった。
「うーん、こうやって見てみると仲間内からの評価は高めだな。仲間思いの熱いやつ、だって。」
「そういうタイプか。正直そう書いてる奴らも評価低そうだよね。」
「まあ類は友を呼ぶ、だからな。同じような連中同士でつるんでるんでしょ。」
「なるほどね。」
「まあこんな感じで、情報が出るわけよ。」
「すごいね。でもこれ、全部が全部正しい情報なわけ?」
「基本的にはね。でもほら、ここ見てみ?」
 栗原はさらに画面をスクロールし、見せた。
「この情報は信憑性が低いです、って。ああ、この情報は嘘の可能性があるんだ。」
「そう。自演とまでは言わないけど、友達が庇って言ってることもあるし、逆に嫌いすぎてあることないことボロクソに書くやつもいるからね。」
「ああ、確かにそうかも。」
「まあ、こういうこと。とりあえず、招待するよ。」
「いや、うーん……」
 五十嵐は悩んだ表情を浮かべた。
「どうしたの?」
「招待してくれるのは本当にありがたいんだけど、使うのが躊躇われるって言うか。」
「え、どうして?」
「なんか、この情報が間違ってるとは言わないよ。言わないけど、こういう情報だけじゃ得られない部分を大切にしたいって言うか、自分で得た情報を信頼したいって言うか……」
 五十嵐はうつむいた。
「なるほどな。それも、いいかもな。」
 栗原はうんうんと頷いた。
「まあどっちにしろ応援はしてるから、俺に出来ることがあったら言ってくれよ。」
 栗原は五十嵐の方をポンと叩いた。
「ありがとう。」
「おお。」
「じゃあ、とりあえず帰るわ。」
「おお。また明日、学校でな。」
「うん、また明日。」
 栗原は五十嵐の背中が見えなくなるまで見送った。
「はあ、やっぱりあいつはいいやつだよ。しっかり、呟いとこ。」
 栗原はスマホで何やら文字を打ち出した。

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