ロッククライム

「二人の趣味は何なの?」
 彩世はオシャレなカップに入った紅茶を飲んでからそう尋ねた。
「趣味か……」
「私はやっぱり、チェスかな。」
「あ、そうだよ。同好会立ち上げたくらいだもんね。」
「うん。」
 命は少し照れ臭そうに返事した。
「やっぱりチェスって面白いんだ。」
「うん、一見難しくてとっつきにくそうに見えるけど、意外とルールを覚えちゃえば簡単で、でもそこから強くなろうとするとやっぱり難しくて……」
 命はいつになく饒舌にチェスの魅力について語り出した。
「あ、ごめん。」
 二人からの視線を感じたのか、命は話をやめて謝った。
「え、なんで?」
「なんか気づいたらどんどんべらべら喋っちゃってたから。」
「全然いいのに。というか、そういう話こそ聞きたいんだから。ねえ?」
「うん、そうだよ。」
 彩世からの問いかけに返事するほのか。
「ありがとう。あ、でも、ほのかちゃんの趣味も聞きたいかも。」
「ああ、それはそうね。」
「ああ、うん……」
 ほのかは少し口を濁した。
「どうしたの?」
「うーん、私、彩世ちゃんのアウトドア系の趣味とか命ちゃんのチェスみたいに、そこまで熱中してることがないな、って。」
「そんなことないでしょ?おうちいるときにこんなことしてるよ、とか。」
「うんうん、休みの日にしたいこととか。」
「そんな難しく考えなくていいのよ。」
「うーん……映画見たりとか。」
「ああ、いいわね。」
「でも詳しいってわけじゃないし。」
「別にいいのよ、詳しくなくって。」
「そうだよ、詳しくなきゃ話しちゃいけないなんてそんなことないんだから。」
「そうかなあ。」
「そうよ、だって詳しくなきゃとかそんなこと言い出したら、私チェスの腕なんてまだまだだし、弱い人には語る資格なんてない、なんて言われかねないもん。」
「確かに、そうなってきちゃうもんね。」
「うーん、そっか。」
「そうよ。だから、好きなものは好きって言いましょ?」
「うん、ありがとう。」
 ほのかは何か少しだけ救われたような気がした。
「今度一緒に映画見て、チェスのことも話して、お互いの好きを語りつくしましょうよ。」
「「うん!」」
「じゃあもう一度、乾杯しましょ。」
「え、紅茶でするの?」
「いいじゃない、ね?」
「「うん。」」
「じゃあ、乾杯―!」
「「乾杯―!」」
 いい茶葉を使っているのだろうか、正直紅茶のことなど全く分からないが、何かとても美味しいことだけは分かった。
「ねえ、アウトドアな趣味が多いみたいな話だったけど、他にはどんなことをするの?」
「うーん、そうだな。パパはとりあえず何でも挑戦しちゃう人で、だから何回かやってみて、私のことも一回くらい誘ってみて、その割にそれっきりなんて趣味も多いのよ。」
「へえ、そうなんだ。」
「うん。山登りはパパ的にはあんまりだったみたいでほとんど行かなかったし、あとはそうだな……あ、ロッククライム!」
 突然思い出したからか、彩世は大きな声でそう言った。
「ロッククライムってあの、岩場を登ってくあれ?」
「うん。しかもなんなら本格的に山で挑戦してみようと思ってたみたいで、色々準備してたの。」
「えー、ちょっと怖いかも。」
「うん。うちのママも止めてて、でもやるとなったらやってみるまで気が済まないタイプだから。」
「それで、どうしたの?」
「まずは練習も兼ねてボルダリングに行ってみたら死んだけど、そこで分かったんだって。自分が高所恐怖症だって。」
「ええ、それまで気づかなかったの?」
「なんていうか、ビルとかそういう安全が保障されてつと頃は平気だったんだけど、これがいざ山でって考えたら無理だ、って。」
 二人は思わず笑ってしまった。
「逆に冷静というかなんというか。」
 彩世はやれやれと言った表情でそう呟いた。
「まあでも何でも挑戦してみる、パパのそんなところは尊敬してるんだ。」
「そっか。」
「だから、これから色んなことに挑戦していこうよ!」
「「うん!」」
「じゃあもう一度乾杯する?」
 彩世は既にカップを手に取っていた。

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