キャベツ

土曜日。普段であれば各々用事があってなかなかみんなが家にいることは無かったが、この日はいつもとは違った。
というのも、この週末は大学入学を機に上京していた春道(はるみち)が帰ってきていたからだった。
「クリスはちゃんと会うのは初めてだったよね?紹介するね、私の兄の春道。」
「初めまして、大桃春道です。」
「はじめまして、私はクリスです。大桃さんにはいつもお世話になってます。」
「ご丁寧にどうも。なんとお呼びしたらいいですか?」
「クリスと、そう呼んでほしいです。」
「分かりました、よろしくねクリス。」
「はーい!あ、私はなんてよぶのがいいんですか?」
「春道って言うから、春道でも、ハルでも呼びやすい方でいいですよ。」
「じゃあ、ハルにします!」
「オッケー、よろしくね。」
「よろしくです。」
クリスは手を差し出し、春道は一瞬面食らったが、すぐに握手を返した。
「そうそう春道。」
「何?」
「たまには連絡しなさいって言ってるのに、全然連絡しないんだから。」
「ああ、ごめんごめん。」
「まあまあ母さん。無事帰ってきたんだからいいじゃないか。」
「あのね、お父さんはちょっと甘いのよ。」
「いやあ……」
「二人とも、喧嘩しないの。」
「ふふふ、ほのかのパパママはとっても仲良しですね。」
「はあ、うちに帰ってきた感じがするよ。」
春道はやれやれと言った表情を浮かべた。
「せっかくみんな揃ってるんだし、久しぶりに外に食べにでも行くか。」
「ああ、そうね。あれ春道、明日も家にいるのよね。」
「うん、いるよ。」
「じゃあ手料理は明日振る舞うわね。」
「うん、ありがとう。」
「どこに食べに行く?」
「そりゃあもう、いなせ屋さんだろ。」
「ああ、懐かしい、いいね!」
春道はテンションが上がったのか大きな声でそう言った。
「ちょっとお兄ちゃん、テンション上がりすぎ。」
ほのかは耳を抑えてみせた。
「ああ、ごめんごめん。」
「イナセヤサン?それはなんですか?」
「あれ、クリスと一緒に行ったことなかったっけ?」
「ああ、そういえば最近行ってないから、クリスちゃんが来てからはないかもな。」
「それなら絶対行きましょう!」
「そうだな?」
「あの、ほのか、なのでそのイナセヤサンはなんですか?」
「ああ、ごめんね。家族で昔から通ってるとんかつ屋さんなの。」
「ちょっといいことがあったりしたときはいなせ屋さんに行くのが、うちの決まりだったんだよ。」
「へえ、そうなんですね。」
「それこそほのかは昔は野菜が嫌いでね。」
「もういいってば、その話は。」
「いえいえ、聞かせてほしいのです。」
「聞きたいわよねえ。」
このみはよっぽど娘のエピソードを話したいのか、クリスにここぞとばかりに同意を求めた。
「はい、聞きたいです!」
「もう、わかったってば。」
「うちの子野菜が嫌いだったんだけどね、いなせ屋さんで山盛りのキャベツ食べてるうちに野菜嫌いが治ってきたのよ。」
「へぇ、素敵な話です!」
「ねえ?昔は可愛かったのよー。」
「やめてってば。」
「母さん、ほのかは今も可愛いぞ。」
「お父さん!」
「もちろん、春道もクリスちゃんもな。」
「はあ、父さんそういうのいいから。」
クリスはそんな大桃家のみんなを見てニッコリ微笑むのだった。
「よし、じゃあ行くか。」
「そうね。じゃあみんな、15分以内に準備してきてね。」
「はーい。」
そういって、各々自分の部屋へ戻るのだった。

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