ツナ

小学生の頃は休み時間になる度に校庭に出てドッジボールやサッカーに勤しんだ。
中学、高校に上がると、運動部に入る者はそれなりに体を動かしていたが、文化部や帰宅部の者は徐々に運動と疎遠になっていく。
それでもまだ体育の授業があるうちは花だ。
大学生になるとより動かさなくなり、でもまだ学生ということもあって体を動かす機会がなくもなかろう。
しかし社会人になると、そうはいかない。
忙しい仕事の合間を縫って、能動的に体を動かそうとしなければどんどんと運動不足に陥り、年齢も祟って横へ横へと成長していってしまう。
特に暑い時期などはより体を動かしたく無くなるもので、日頃運動を起こった人間が暑いからとかく汗は、あまり質がいいものではなかったりする。
しかしやはり体を動かしてかく汗はいいものだ。
そちらの方がより生を実感できる気がする。
体を動かすときこそ気乗りしないかもしれないが、運動を始めてみれば案外楽しいものだったりするのだ。

いつも通り太鼓の練習を終えた面々は、タオルで汗を拭いてから各々着替え始めた。
「石嶺さん、青砥くん、よかったらお夕飯でも食べていきません?」
一通り着替え終わった真壁は二人にそう提案した。
「ああ、すみません。僕は母が準備してくれてて。」
「ああ、それもそっか。いや、高校生だもんな。すまんすまん。」
真壁は手を合わせながら謝った。
「いえ。また今度誘ってください。」
「おお、今度は予定ちゃんと合わせて、事前に決めてから行こう。」
「はい。」
清志は一礼した。
「石嶺さんはどうですか?」
「俺も、辞めとこうかな。」
「ええ、行きましょうよー。」
「いやあ……」
いつもなら快諾するのだが、珍しく渋った様子の石嶺。
「明日朝早い感じですか?」
「いやそうじゃなくて、ちょっとな。」
「なんすか、言ってくださいよ。」
煮え切らない態度の石嶺を見て、少しばかり口調が強くなる。
「いやあ俺さ、今トレーニングしてんのよ。」
「トレーニングすか?」
「そう。」
「筋トレとかされてるんですか?」
「うん。筋トレと、あとは食事に気をつけてる感じかな。」
「へえ。でもなんで急に。」
「この歳になるとなかなか運動とかしなくなるからさ、最近ちょっと太ってきちゃって。」
石嶺は自分の腹部を服の上から掴み、自虐気味にそう零した。
「ああ、そういうもんなんですか。」
「そうだよー。それこそ青砥くんは体育の授業とかあるだろ?」
「そうですね。」
「真壁くんだってまだ大学生、体を動かす機会くらいあるだろ。」
「うーん、まああんまないですけどね。」
真壁も少し苦笑いを浮かべた。
「俺はもうめっきりだからさ。まあダイエットついでに筋トレの習慣つけて、いい感じになればな、って。」
「へえ。食事制限って具体的に何されてるんですか?」
「まあタンパク質とか食べる時間を意識しつつ、最近はツナ缶ばっか食べてるよ。」
「ベタっすねえ。」
「ツナ缶、美味しいですか?」
「まあ料理は元々嫌いじゃないから色々アレンジ試みてるけど、飽きはするよね。」
「まあそうっすよね。」
「まあだから、今日はすまん。」
「分かりました。それなら俺も帰ってなんか適当に食べますわ。」
「あ、でも今度三人で行くときはちゃんと予定合わせていこう。」
「え、大丈夫なんすか?」
「まあ、この日って覚悟決めての一日くらいは、なんとかする。」
石嶺は強めに自分の胸を叩いた。
「分かりました。じゃあ、駅まで一緒に行きましょうよ。」
「うん、それはもちろん。飲み物ぐらい奢るよ。」
「「ありがとうございます!」」
二人は深深と礼するのだった。

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