バルーンアート

 日本ではかつて陰暦という暦が使われていた。そんな陰暦十二月の異称は師走。
 師、お坊さんが、年末になると自宅まで来てお経を唱えてもらう文化があったため、その師が走り回っていたためこの名前になったという説が有力である。
 これはなかなかにいいネーミングである。

 十二月という季節は、年の瀬ということもあり、いつどの時代になっても忙しいものである。
 年終わりということで仕事に追われ、学生であればいよいよ受験期が近づいてくる。
 そして、いわゆる忘年会のシーズンでもあるのだ。

「蕪木先生、今少しお時間よろしいですか。」
 天野は机に向かって事務作業をしていた蕪木に近づき声をかけた。
「天野先生。大丈夫ですよ。」
「すみません、少しご相談したいことがありまして。」
「どうしたの?」
「あの、今年の忘年会で私も出し物をやることになったんですけど、どうしたらいいものかと思いまして。」
「ああ、そうだったわね。」
「正直そういうのあんまり得意じゃなくて。」
「分かる。私もそうだったわ。」
「え、蕪木先生もそうだったんですか?」
「もちろん。やっぱり子供たちの前で話すのと、先生方の前で何かするのは全然違うわよ。」
「そうですよね。」
 天野は震える子犬のような目で蕪木を見つめた。
「先生は何をやられたんですか?」
「私?私は、学生の時に学童でアルバイトをしてたことがあってね、そこで覚えた特技を披露したのよ。」
「え、それって何ですか?」
「ちょっと待ってね……」
 そう言うと蕪木は自分のスマホをいじり出した。
「じゃーん!」
 蕪木のスマホの画面には様々な動物の形をしたバルーンアートが写っていた。
「わあ、すごい。これ、全部蕪木先生が作ったんですか。」
「もちろん。」
「すごい……」
「お手のもんよ。」
「私、こんな特技ないです。」
 先ほどまで賞賛のまなざしで蕪木を見ていた天野の顔は、見る見るうちに曇っていった。
「大丈夫だから、落ち着いて。」
「でも、私……」
「うーん、そうだなあ。じゃあネットで簡単なマジックを探してみるのはどう?」
「マジックですか?」
「まあ簡単にできちゃうものなのかは調べてみないとわからないけど、それこそ忘年会、新年会向けのマジックなんていっぱいあると思うのよ。」
「そういうもんですかね。」
「うん。私も正直バルーンアートのこと忘れてて、調べてく中で、あ、バルーンアート出来た!、って思い出したのよ。」
「ああ、なるほど。」
「だからとりあえず一旦調べてみて、それから考えてみましょ?」
「そうですね。ありがとうございます。」
「いえいえ。あ、じゃあ今日の夜って空いてたりする?」
「はい、空いてます。」
「じゃあ一緒に作戦会議しましょ?」
「え、いいんですか?」
 天野はまた子犬のような目で蕪木を見つめた。
「もちろんよ。一緒に考えましょ。」
「はい、お願いします。」
 蕪木の言葉で、天野は少しだけ、忘年会の余興と前向きに向き合える気がしたのだった。

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