ビンタ

「え、なんで素振りしてるの?」
「それは本気でビンタしてくれって言ったからだろ。」
「いや確かにそういったけど……」
「けどなんだ?」
「素振り必要?」
「しっかり振りぬいた方が痛くないってどこかで見たことあるから、その練習だよ。」
「なるほど、僕のことを思ってなんだね。」
 その通り、そもそもこのビンタは不本意ながら陽介のためにするのだ。
「もとはといえば別にビンタなんかしたくないんだから。」
「いや、ビンタしてくれ!」
ここだけはかたくなである。
「そもそも本当にビンタする必要あるか?なんでこんなことになったのか考えてみろ。」
「それはだから、僕が一時間遅刻して映画を一本遅らせることになったから。」
「そう。だから俺が、それなら昼飯でも奢ってくれよ、って言ったら、その程度のことじゃ許されないことをした、ってお前が言い出したんだろ。」
 真摯にうなずく陽介。
「このままじゃ変われないからビンタしてくれ、って言ったのは陽介、お前だぞ?」
「そうだね。」
「軽くやろうとしたら、もっと本気で来てくれ、って言うし。元々の関係性がなきゃただの変態だぞ?」
「確かにそうだな。よし、決めた!一思いにやってくれ!」
 結局やるのか……腹を括ろう。
 
 パチンッ
 
 秋の公園に乾いた音が鳴り響いた。
「結構来るね!」
 なぜか興奮気味の陽介。よもやこいつ……
「次から気を付けるよ。」
「いや別にいいんだ。」
 俺はなるべく無表情でそう答えた。
「まっつん、もし彼女が今みたいなこと言ってきたらどうする?」
 よくビンタされた直後にそんな言葉が出てくるものだ。
「断るよ。」
「やっぱり女性には手を上げちゃダメだもんね。」
「いや違う、デートそのものを断る。」
「えデートそのものを?」
 信じられないといった表情を浮かべる陽介。こっちからしたらそれが信じられない。
「冷静に考えてみろ。遅刻したからビンタしてくれ、っていう彼女がいたら普通に引かないか?」
「あ、確かに!そんな奴嫌だ。」
 自分自身で作り上げたキャラをそこまで拒絶するな、そんなセリフを押し殺して続ける。
「それに、遅刻するような人とは将来を考えることなんてできない。」
「将来?いや将来って、まだ高校生だよ?」
「陽介も知ってると思うが、俺の親は高校の同級生同士だ。」
「あ、そう言ってたね。」
「つまり運命の相手がいるとするなら、いつ出会うかわからん。これから出会うかもしれないし、もう既に出会ってるかもしれない。」
「それはそうか。」
「これは別に彼女に限ったことじゃない。出会う人全てに言える。その人とこれからも付き合いを続けてくかどうか、これはとても大事な問題だ。」
「確かに……まっつんの言う通りかも。」
「そう思ってもらえたならよかった。映画までまだ時間あるし、ゲーセンでも行くか。」
 俺は時間を確認してからそういった。
「そうだね!」
 少しの沈黙の後、陽介が口を開く。
「あのちなみになんだけどさ、」
「なんだ?」
「その、一時間遅刻しちゃった僕とのこれからの関係性は、どんな感じ?」
「さあ、どうだろうな。」
 そう言ってから陽介に背を向け、思わずこぼれてしまいそうな笑い声を我慢した。
頼むよ~、という陽介の弱々しい声が後ろから聞こえる。

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