コミュニティ

「石嶺さん、お疲れ様です。」
「青砥くん、お疲れ。」
「コミュニティセンターって始めてきたかもしれません。」
「ああ、なかなか来る機会ないかもね。」
「いつもの公民館はダメだったんですか?」
「うん、なんか今日は別の団体が入ってたんだってさ。」
「そうなんですね。」
 そんな他愛ない話をしながら俺は着替え始めた。
「そもそも、公民館とコミュニティセンターって何が違うんですかね。」
「どんな条例、法律に基づいて設営されたかだね。」
「石嶺さん、お詳しいですね。」
「まあこれでも一応公務員だからね。」
 石嶺さんははにかみながらそう言った。
「でもみなさんすごいですよね。まだお祭りが近いわけでもないのに、ちゃんと別の場所を取ってまで練習するだなんて。」
「それだけみんなにとって、この活動に意味があるってことだよ。」
「なるほど、納得しました。石嶺さんも学生の頃から入ってらしたんですよね。」
「もちろん。夏祭りで見たあのパフォーマンスに衝撃を受けてね。僕もこの活動をずっと続けたかったから、ここから通える範囲の大学に進学して、就職もこっちでしようと思ったわけ。」
「徹底してますね。」
 俺は思わず感心してしまった。
「まあこういうのってさ、やっぱり若い世代が続けていかないと。せっかくの文化がなくなっちゃったら寂しいからね。」
「それは間違いないですね。」
 目的なんて何もなかった俺の人生に、生きる喜びを与えてくれたこの文化を、俺も守っていきたいと、柄にもなくそう思った。
「それにもし俺たちが生きてる間になくなっちゃったりしたら、この文化を伝えてきてくださった諸先輩方に顔向けできないよ。」
「それはわかります。」
 伝統という名の一種のプレッシャーだ。
「もうそろそろ八百年だからね。」
「え、八百年ですか?」
 俺はあまりに大きな数字に思わず叫んでしまった。
「そうだよ、知らなかったのかい?」
「はい。前にいろいろ聞こうと思ったんですけど、竜さんに、そんなことは気にせずにまずは叩け、って言われて、それっきり。」
「竜さんらしいなあ。」
 石嶺さんは笑いながらそう言った。
「石嶺さん、よろしかったら教えてくれませんか?」
「そうだな、もううちに入ってから結構経つし、教えてもいいだろう。」
「ありがとうございます!」

 ある不作の年のこと、この辺りを通りがかった見慣れぬ行商人が、そんな時こそ宴会を開くのだ、と言ったそう。
そんな行商人の言葉など誰も気に留めなかったが、それから少し経つと、この地域を流れる大きな川のそばで、その行商人が一人で宴会を始めたという。
始めのうちは皆、頭のおかしな奴がいると敬遠していたが、少しずつその行商人に興味を持つものが増え、気づけばこの地域の人みんなが宴会に参加していた。
ひとしきり盛り上がったところで突然、その行商人から神々しい光が発せられ、自分がこの土地の神様であること、そして辛い時こそ、幸せそうにするようにと言い残し、その行商人の姿をした神様は跡形もなく消えた。
後にはたくさんの俵だけが残っており、そのたくさんの俵のおかげでその不作の年を乗り切ったという。
それ以来、この地域では、どんなに辛い状況に立たされた時でも、毎年夏になるとお祭りを開いて、その神様を称えるようになったという。

「はあ、なるほど。そんな逸話があったんですね。」
「そうなんだよ。もちろんこの話が本当かなんてのは何とも言えないけど、辛い時こそ、幸せそうにしてみようなんて、なかなか立派だと思うんだよ。」
「それはそうですね。普通に小学校の授業とかでもやればいいのに。」
「えーっと、青砥くん……」
 石嶺さんは気まずそうに続けた。
「多分小学校の授業でもやってる思うよ。」
「ああ、なるほど……」
 あの頃はとてもとても不真面目だったからな……
「まあそんな気持ちになった時こそ、太鼓を叩いて幸せそうな気持になろう。」
「そうですね!」
 俺は強く頷くのだった。

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