売り込むこと水の如し

 次の長編を書こう書こうとは思ってるんです。でも、なんだかあまり気乗りしなくて。
 なんとなくのプロットまでは書けてるんです。でも、パソコンを開くと急に眠くなってしまって。
 ということで今回は、大熊とハンマーがコンビを組んでいた頃に書いたコントを小説化していこうと思います。

 このネタは一回しかやってないんですけど、奇しくも今の相方である南コントテラーがこのネタを見ていたようで、今でも本当にごくたまに話題にあげてきます。
 最近やっているコント風劇よりはコントっぽいと思うので、是非見てやってください。



「やべ、もうバイトの時間じゃん。」
 ベッドに寝そべりながらスマホでYouTubeを垂れ流していた雄馬は、ちょうど動画を見終わったタイミングで時間を確認し、飛び起きたのだった。
「ああ、もうシャワーとかいっか。」
 今朝目を覚ました時点ではバイトに行く前にシャワーを浴びていこうと思っていたのだが、もうそれほどの時間の猶予は残されていなかった。
 大学入学を機に上京してきた雄馬は、慣れない東京暮らしに初めての一人暮らし、サークル活動にアルバイトと始めの頃こそてんやわんやだったが、まだ10代と若いこともあり、その生活になれるのもそう大変ではなかった。
「ああ、夏休みになってから毎日こんなんだよ。」
 バイト着をリュックに詰めながらそんなことを呟いた。
「まあ、今日明日頑張ったらサークルの合宿だし、頑張ろ。」
 と、そろそろ出かけようと思ったタイミングでインターホンの鳴る音が。
「はーい。」
 のぞき穴から外の様子を窺うと、そこにはスーツ姿の男性が一人。
「あ、突然申し訳ございません。私、株式会社ミナモトの高田と申します。少々、お時間の方よろしいでしょうか。」
「あ、すみません。今から出かけないと行けなくて。」
「ああ、いえ全然。5分もかからないんで。10分で終わるんで。」
「いやどっちですか。」
「開けてみればわかります。」
 のぞき穴越しにニヤリと笑う男の姿を見て、雄馬は半ば諦めたような表情で扉を開けた。
「はあ、もうなんですか。」
「いらっしゃいませ。」
「そっちが勝手にいらっしゃったんでしょうが。そういうの、店で言うんですよ。」
「ああ、申し訳ございません。」
「で、なんなんですか?」
「実はですね、本日はちょっとオススメしたいものがありまして。」
「新聞とかなら結構ですよ。僕一人暮らしの大学生なんで。」
「あ違います。今回私がオススメしたいのはこちらのウォーターサーバーです。」
「え、ウォーターサーバー?」
 男はそう言うと、手に持っていたカタログを渡してきた。
「寝耳に水、って顔ですね。」
「うるさいなあ。」
 どや顔の男を見ていると、夏の暑さも相まって雄馬は普通にイラっとしてしまった。
「いかがですか?」
「いや、いらないですよ。」
「なんでですか?」
「いやだから、一人暮らしなんですよ?こういうのってあれでしょ、家族連れとかにお勧めするやつでしょ?」
「いやいやいや。実は私、一週間くらい前に伺わせて頂いた方も一人暮らしをされてる方だったんですけど、私の話を聞くうちに興味を持ってくださいまして、最終的には契約していただいたんですよ。」
「あ、そうなんですか。その人も学生さんですか。」
「いや、その人はIT系の社長さんでしたね。」
「そりゃあそうだろ。聞いて損したあ。普通にお客さんの情報漏らすし。」
「いやそんなつもりはなかったんですけど。」
「こっちはね六畳一間に住んでるただの大学生なんですよ。」
 雄馬は自分の部屋を指差した。
「えー、でもウォーターサーバーがあったら絶対みんなからかっこいいって言われるよー。」
「急に馴れ馴れしいなあ。あのね、小学生じゃないんだから、カッコいいなら買う!、ってならないですよ。」
「足早くなる靴とか欲しくないですか?」
「小学生の頃はね。今はもういらないよ。」
 雄馬はバイト前から疲れていくのを実感してきた。
「じゃあお兄さん、失礼ですけど今彼女さんとかいらっしゃいますか?」
「いないですけど。なんか悪いんですか。」
「いえいえ。ちなみに気になってる子は?」
「え?」
「あ、いるんですね。」
「はあ。」
 なんだかこの男に見透かされたのが少しばかり嫌だった。
「ふー、熱っ。ふー。」
「それ冷ます時のやつ。せめてやるなら、フーフー!、でしょ。」
「もう、せっかく盛り上げようとしてるんですから、水を刺さないでください。」
「そういうのいちいち入れてくるんですね。」
「まあまあまあ。例えばですよ、その女の子がこの部屋にきたときにウォーターサーバーがあったら、その子はどう思いますかね?」
「いや、こいつやばいやつだ、って思われるでしょ。」
「なんでですか?」
 強い口調で尋ねてくる男。
「六畳の部屋にウォーターサーバーがぽつんとあるからでしょ!」
 雄馬も負けじと強い口調で返す。
「それは固定観念にとらわれすぎですよ。」
「固定観念?」
「今どきのウォーターサーバーはオシャレでカラーバリエーションも豊富なので、インテリアとして置く方もいるんですよ?」
「インテリア?」
 そういうと、男はカタログを開いて見せた。
「いや、白いのしかないじゃないですか。」
「あ、水の色が選べんですよ。」
「水は無色でいい!」
 男が指差したところには20色近くもの色水の写真が並んでいた。
「こんなに説明してるのに全く心動かされてないなんて、こっちからしたらまさに背水の陣ですね。」
「マジでなんなんですか。」
「わかりました。じゃもっと実益的な話をしましょう。」
 男は急に声を張り上げてそう言った。
「実益的?」
「お金の話です。」
「いや、何言われても買わないですよ?」
 お金という言葉が出て、少しだけ揺れ動く雄馬。
「ちなみに、水道代って毎月どれくらい払ってますか?」
「まあ、二千円くらいですかね。」
「それなら任せてください。」
 男は分かりやすく胸を叩いた。
「任せる?」
「当社はリース代、設置費用は無料。」
「はい。」
「肝心のお水なんですが、こちらどれだけ使って頂いてもたったの月額3,980円!」
「え……高くね?」
「分かります。月々たった二千円、されど二千円。年間で2万4千円も高いんですよ?」
「ウォーターサーバーの方がね!」
 男はぽかんとした表情を浮かべる。
「……あ、そうか。失敗した。」
「失敗したとか言っちゃダメでしょ。」
「河童の川流れですね。」
「水関連ならなんでもいいんですね。というか、河童は泳ぎが得意なんですよ。お兄さん、そもそも営業得意そうじゃないですよ?」
「痛いとこ付くなあ。」
「はあ、もう帰ってください。」
「待ってください。月額3,980円で使い放題なんですよ?」
「そんなに使わないですから。」
「なんなら1ヶ月ずっと水を飲み続けてもいいんですよ?」
「なんですかその新手の拷問は。」
「ああ、そういうことですね。はいはいはい。」
「何がですか?」
「普通のじゃ満足できない、そういうことですね?」
「全然違います。」
 見当違いの男の発言に手を横にふりながら否定する雄馬。
「それならば、うちの取っておき商品、幸せになるウォーターサーバーはいかがですか?」
「幸せになるウォーターサーバー?怪しすぎるだろ。」
「いえいえ。普段なら20万円のところ、今回は19万9,800円です。」
「全然安くなんないじゃん!」
「まあまあ。なんとそちらのウォーターサーバーを部屋の真ん中に置いていただくだけで運気がアップするんですよ?先日もIT会社の社長さんが……」
「ウォーターサーバーのための部屋になっちゃう!」
 男をさえぎって入る雄馬。
「え?」
「IT社長ならいいかもしれないけど、六畳一間の部屋の真ん中にウォーターサーバーがあったらそれはもう、ウォーターサーバーのための部屋だから!」
「ああ、そういう発想もありますね。」
「そういう発想もありますね、じゃないですよ。」
「まさに鬼が水を飲んだよう、ですね。」
「それは何?急に知らない言葉!」
「ご存知ないですか?」
「ご存じないよ、もう怖いんで帰ってください。」
「いやそんなこと言わないでくださいよ。今帰ったら、今帰ったりなんかしたら、今までの努力が……無駄になっちゃうじゃないですかあ。」
「そこは水の泡だろ!」
 そう言い放つと、雄馬はなんとか男を家の外に出し、鍵を閉めた。
「はあ……さすがにすぐには出られないし、とりあえず電話するか。」
 雄馬がスマホを手に取り電話しようとすると、隣の部屋だろうか、インターホンが鳴る音がした。
 扉越しに男の軽快な声で、いらっしゃいませ、と聞こえてくるのだった。

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