カルシウム

最近のこの国は、四季と言うよりも二季と呼べるくらいに二極化しているように思える。
つい最近まで日が暮れても、いや夜中になっても寝苦しいほど暑かったかと思えば、途端に寒くなってくる。
昔は秋なる季節があって、木々についた葉が赤や黄など、心の中まで暖かくなるような色づき方をしていたというが、最近はなかなかそんな機会も少なくなってきた。
「今日は本当寒いな。」
勇樹は少しぶるっと震えながらそういった。
普段はなかなか弱い部分を見せつけない彼ではあったが、寒さだけは天敵と言えた。
「まあ寒いっちゃ寒いけど。まっつんは寒いの苦手だからね。」
陽介は普段弱みを見せない勇樹のそんな部分が少しおかしいのだろう。くすくすと笑って見せた。
「へえ、そうだったんだ。てっきり暑いのも寒いのも気にならないタイプかと思ったよ。」
英一はさも驚いたような表情を浮かべる。
そんな何気ない会話をしながら昼休みをすごしていると、そこに来客が一人。来客といっても、同じクラスのクラスメイト、大菅 圭佑(おおすが けいすけ)、その人である。
「ちょっといいか。」
突然の声に少し驚く三人。
「ああ、大菅くん。」
まず答えたのは勇樹だった。
「何かあったの?」
「いや、三人に聞きたいことがあってな。」
突然のことに少しポカンとする三人。
「ああ、うん。わかった。僕たちでできることなら聞くよ。」
英一がそう答える。
「ありがとう。じゃあ……三人は小さい頃から牛乳を飲んでたか?」
いきなりの質問に戸惑う三人だったが、圭佑の真意が分からないわけではなかった。
圭佑はクラスでも人気のある生徒だったが、自分でも時々こぼしているとおり、背が小さいのが彼のコンプレックスだった。
大半の生徒にとって成長期ももう終わりと言っても過言ではない高校二年のこの時点において、彼は160をゆうに下回っており、大半の女子生徒よりも背が低いのだった。
何も答えられない三人に再び尋ねる。
「なあ、どうなんだ?小さい頃から牛乳を飲んでたか?」
お互いに目を合わせ、誰がどう答えようかと探る三人。
「ああ、まあ僕は、給食で飲むくらいだったかな?」
そう切り出したのは陽介だった。
そんな陽介を見て、こういう時の陽介は頼りになると、勇樹は思った。
「俺もそんなもんだよ。」
勇樹もそれに続く。
「うん、まあそうか。二人はそんなところか。」
ちょうど平均身長ほどの二人を下からしっかりと舐めまわすように見てから納得する圭佑。しかし、問題は英一である。
英一は平均よりは高い身長を有しており、またクラスで一番というほどではないが、なかなか太ましい体型だったこともあり、その身長以上に大きく見られることが多かった。
「で、肝心の九十九はどうなんだ?」
頭に肝心の、という言葉がついている。
「いや僕は……」
なんと答えるべきか迷う英一。
「僕は、すごい食べる子供だったからさ!」
英一はとても明るい声でそう言うと、まるっとした自分のお腹をぽんと叩いて見せた。
「……なるほど。」
しばしの沈黙の後、圭佑は納得したようだった。
「俺はまだ諦めてないぞ。」
非常に強い目で三人の方を見る、いや最早睨む圭佑。
「うん……」
 誰となくそう答える。
「この歳になっても諦めずに牛乳を飲み、いや牛乳だけじゃない。ありとあらゆる方法でカルシウムを摂取してるんだが、なかなかどうして大きくならないんだ。」
納得いかない表情の圭佑。
「いいなあ、お前は大きくて。」
少し悲しそうな表情で英一に向かって呟く。
「僕からしたら、もうちょっと小さくなりたいよ。」
自分のお腹を撫でながら答える英一。
「そんなものか。悪い、迷惑かけたな。」
そう言うと、圭佑は鼻歌交じりに自分の席へと戻っていった。
「なんかあいつ、面白いんだよな。」
勇樹のその言葉に、二人も納得するのだった。

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