リーチ

「そう、その調子。いいぞいいぞ。ああそう、そこで必殺技だ。」
「ちょっとまっつん、うるさいってば。」
「いいだろう、九十九くんは初心者なんだし。」
(菅原くんはなんとなくイメージつくけど、松野くんにもこんな一面があるなんて。)
英一は二人の、まるで子供同士の喧嘩のようなやり取りを見て、ほほえましい気持ちになった。
「九十九くん、ボーッとしないで。」
「ああごめんごめん。」
「ほら今だよ。」
「うん、えーっと、こうでこうで。」
「あああああ!」
 画面上にアップになった栄一のキャラ、そしてYOU WINの文字。
「おお、九十九くんやるう。」
「あ、ありがとう。」
「ハンデアリとはいえ、まさか負けるとは。」
 陽介は愕然としていた。
 あまりの陽介の落ち込みように、勇樹は励ますように声をかけた。
「まあでもまだ一試合目だから。このあと二勝すればいいんだし。」
「そうだな。よし、ここから巻き返すぞ。」
「これで終わりじゃないの?」
「うん。ああごめんごめん、基本的にこのゲームは三本勝負の二本先取なんだよ。」
「ああ、なるほど。」
「まあだから今の試合で、九十九っちがリーチかけたってわけ。」
「そうなんだ。よし、じゃあこの勢いでもう一勝するぞ。」
 久しぶりにゲームをしたからか、英一は自分でも驚くほど気合が入っていた。
「おお、九十九くん、やるねえ。」
「じゃあ続けるよ?」

 気づけばもう日も暮れて、窓の外はすっかり暗くなっていた。
「うわ、もう外真っ暗。」
 英一の声で二人とも画面から窓の外へと目を移した。
「本当だ。そろそろ帰るか。」
 勇樹がそう言うと、下から陽介の母親の声が聞こえてきた。
「陽介、ちょっと!」
「はーい、今行く。」
 ちょっと待ってて、とそう声をかけて、陽介は速足で階段を駆け下りた。
「今日はありがとう。」
「いや全然。誘ったの陽介だし。」
「始めはすごい緊張してたんだけど、来てよかったよ。」
「それならよかった。」
 勇樹は笑顔でそう言った。
「今のセリフ、陽介にも行ってやって。多分喜ぶと思うから。」
「うん。」
 英一も笑顔でそう言った。
「お待たせ。何盛り上がってたの?」
「別に。」
「別にってことないじゃんかー。」
「いや僕がね、今日は誘ってくれてありがとう、って言いたくて。」
「いやいやいや!」
 陽介はまんざらでもない顔をしながらそう言った。
「九十九っち、今度からは陽介、って呼んでよ。」
「え?」
「いいからいいから。」
「じゃあ、陽介、くん。うん、陽介くん。」
「まあくん付けでもいっか。」
 少し渋い顔を浮かべてから陽介はそういった。
「それと、勇樹くん。」
「うー、下の名前で呼ばれるのはこっぱずかしいな。」
「僕のことは下の名前で呼ぶくせに。」
「まっつんでいいよ。」
「わかった、まっつん。」
「まっつんは九十九っちのことなんて呼ぶのさ。」
「うーん……英一?」
「え、僕の名前知ってるの?」
「まあ、そりゃあ。」
 勇樹は至極当然といった表情で答えた。
「やっぱり自分は下の名前で呼ぶんだ。」
「別にいいだろ?」
 英一はそんなやり取りを見て、思わず笑ってしまった。
「どうしたの?」
「いや、なんかね。」
「そうか。じゃあそろそろ、行きますか。」
 勇樹と英一はカバンに手をかける。
「あ、待って。お母さんが、二人さえよければ夕飯食べていかないか、って。」
「おお、いいの?じゃあせっかくだし、死さしぶりにおばさんの手料理食べようかな。」
「九十九っちはどうする?」
「え、俺は……」
「遠慮しないでいいんだぞ。」
「なんでまっつんがいうのさ。」
 陽介は笑いながらそう言った。
「じゃあ、お願いします。」
「よし、じゃあ行こう!」
 勇樹と英一は、陽介にならって階段を下りていった。

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