戒め

 すっかり日も落ちてきたある日の夕暮れのこと。授業が終わり、駅に向かおうと歩いていたスーザンに話しかけてきたのはもちろんクリスだった。
「スー、お疲れ様。」
「クリス、お疲れ様。」
「スーはこの後何か用事ある?」
「ううん、特にないわ。どうして?」
「この前CMでね、サンセットで季節限定のパフェが始まるって言ってたの。」
「サンセットって、あの、えーっとなんていうんだっけ、ああいうお店のこと。」
 スーザンはなかなか言いたいことが思い出せず、もどかしくなった。
「ファミリーレストランね。」
「そう、それ。なんかファミリーとレストランなんておかしな組み合わせで、いつも出てこなくなるのよ。」
「分かるわ。」
 クリスも力強く頷いた。
「で、どうかしら。」
「うん、もちろん行くわ。」
「そう来なくっちゃ!」
 クリスはスーザンの手を引っ張ると、どんどん歩いていった。
 初めは大学の近くにあるサンセットを目指したが、少し歩いたところでクリスは歩みを止めた。
「どうしたの?」
「うーん、今授業が終わったばっかりだから、もしかして混んでないかしら。」
「あ、確かに。」
 大学の近くにはいくつか飲食店はあったが、安価で長居することができるとあって、お昼時や授業終わりなどは早いもの順になってしまい、また店の中もなかなかどうして騒がしいのだった。
「それなら、少し電車に乗って移動するのどう?」
「うん、そうしましょう。そっちの方がきっと落ち着けるわよね。」
 スーザンからの提案にクリスも納得した。
「でももしそのお店になかったらどうしましょう。」
「大丈夫よ。えっと、そう、ファミリーレストランなんだから、どこの店舗に行っても同じものが食べられるわ。」

 十五分ほど電車に揺られて二人がたどり着いたサンセットは、大学近くの店舗よりも間違いなく静かだった。
「はあ、よかった。これで落ち着けるわね。」
「そうね。」
「あ、きっとこれだわ。」
 クリスはグランドメニューの上に乗った一枚のラミネートされたメニュを見て、少し興奮気味に言った。
「これは、何なの?」
「こっちがサツマイモで、こっちが栗よ。」
「へえ、なるほどね。」
「どうしよう、どっちも美味しそうだから迷っちゃうわ。」
「食べたい方にしなさいよ。」
「食べたい方なんて言ったら、もちろん両方なんだけど。」
「悪いことは言わないからやめなさい。」
 スーザンはクリスの腕をつかんで、睨みながらそう言った。
「はーい……」
 クリスは露骨に落ち込んだ表情を浮かべる。
「じゃあわかったわ。一つずつ頼んで、二人で分けましょう。」
「え、いいの?」
「ええ。だってどっちも気になるんでしょ。」
「うん!」
 クリスは少女のような笑みを浮かべた。

 注文を待つ間、二人は何気ない話に花を咲かせていた。
「ははは、それ面白過ぎ。」
「でしょー?それで覚えたのよ、天狗になるって。」
「なるほどねー。でも本当、日本語って難しいもんね。」
「分かる。え、クリスも最近覚えた日本語とかないの?」
「あるわ。戒め、って言葉、知ってる?」
「イマシメ?」
「慎むとか、控えるって意味ね。」
「ああ、知らないわ。」
「この前見てたドラマでね、これは自分への戒めだって、丸坊主にしたの。」
「えー。思い切るわね。」
「そう。それで戒めって言葉と、日本では何か悪いことしたら坊主にするって知ったの。」
「なるほどね。でも、なんで悪いことをしたら坊主にするのかしら。」
「それは、分からないわ。」
「日本って、難しいわね。」
 そこに店員が二つのパフェを運んでくる。
 二人はさっきまでの会話など忘れて、甘味を堪能するのだった。

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