ルーク

学生にとって一日の終わりを告げる至福の鐘の音が鳴り響く夕方前。
みな我先にと荷物を持ち、各々の目的地に向かって行く。部室に急ぐもの、自習室に向かうもの、帰路につくもの。
そんな中、楽しそうに話しながら戯れる女子生徒が二人。彼女たちの目的地も既に決まっているようだが、どうやら片方の女子生徒が渋っているように見える。
「えー、本当に私が行っていいの?」
「うん、大丈夫大丈夫。」
「でも……」
「素直先生だよ、そんなこと気にしないってば。授業受けてればわかるでしょ?」
「まあ、優しそうな先生だけど。」
「大丈夫、ああ見えて結構親身ないい先生だからさ。」
「うん、わかった。」
先程まで渋っていた女子生徒もいよいよ決心したようだ。二人はそれぞれの荷物を持つと、生物準備室へと向かった。

「先生、来たよー!」
「はいはい、大桃さん。いらっしゃい。」
「なんですか、その態度。」
「いや、別に何ってわけじゃないですけど。」
「せっかく今日はお友達を連れてきたのにー。」
「杉浦さんですね。」
「ぶぶー。」
「え?杉浦さんじゃない?」
「樽井は信じられないというような表情でほのかの方を見た。」
「ちょっと失礼すぎません?」
「いやだって……」
「彩世と仲良くなってから、クラスの他の子とも話すようになって。」
「大桃さん……」
「生徒の思わぬ成長ぶりに樽井は思わず涙ぐみそうになりながらそう呟いた。」
「なんですか、何か言いたげですね。」
「いえ。大桃さんの成長が嬉しくて。」
「先生、それセクハラですよ?」
「そ、そういう意味じゃないですから!」
「分かってますって。」
ほのかは意地悪そうに微笑んだ。
「はあ。で、今日はどなたと来たんですか?」
樽井は落ち着きを取り戻すように尋ねた。
「実は……ほら、入ってきて。」
ほのかにそう言われ、ゆっくりと姿を現したのは、黒い長い髪とこれまた黒縁のメガネが特徴的な小柄な女子生徒であった。
「おお、鬼島さんじゃないですか。」
「は、はい。お邪魔します。」
妙にペコペコとお辞儀をする姿に、新鮮味を感じた。
「正解は命ちゃんでした。」
なぜか誇らしげに答えを発表するほのか。
「今日は先生にお願いがあって来たんですよ。」
お願い、ですか。
ね、命ちゃん?
そう言われ、ウンウンと頷く命。
お願いというのは?
実は……私チェスが好きなんです。
ほお、チェスですか。
先生、知ってますか?
まあ軽いルールくらいなら。
ええ、意外!
まあ、それに関してはなんとも言えませんけど。
じゃあ先生、ビショップはどう動きます?
え、斜めですよね。将棋の角みたいな。
正解。じゃあ、ルークは?
それは飛車みたいに縦横ですね。
おお、ちゃんと知ってるんですね。
まあそれくらいなら。
じゃあほら、命ちゃん。
え、でも……
そうだ、お願いでしたよね。
はい、実は……チェス同好会を作りたくて。「それでその……顧問になってくれませんか?」
「ああ、なるほど。そういうことですか。」
「どうですか、先生。」
「いやまあ、うちの規定を満たしてるなら構いませんけど。」
「え、本当ですか?」
命が今日一番の大きな声で尋ねる。
「は、はい。」
突然の大きな声にビックリする樽井。
「先生ならオッケーしてくれるとは思ってたけど、まさかこんなに即決してくれるなんて。」
「まあ断る理由もないですからね。」
「じゃあ早速部員集めなきゃだね!」
「え、まだ見つかってないんですか?」
「もちろん!」
親指を立てて答えるほのか。
「大桃さんと杉浦さんが興味を持ってくれて、入ってくれることになったんですけど、そういえば顧問をどの先生に頼もうってなって、それで。」
「ああ、なるほど。まあ分かりました、そういうことなら協力しますから、まずは部員集め、頑張ってください。」
「ありがとうございます!」
「素直先生、いいとこあんじゃんー!」
「大桃さん、その呼び方をすると……」
「ああ、ごめんなさいごめんなさい。よし、命ちゃん、部員集め行こっか!」
「え、でもせっかく時間取ってもらったのにこれだけじゃ失礼じゃ……」
「いいのいいの!」
「時間を取ったと言うより、乗り込まれたんですけどね。」
樽井は苦笑いしながら答えた。
「ほらだからまずは部員集めてこないと、ね。」
「まあ、それはそうですね。鬼島さん、大桃さん、部員集め頑張ってください。」
「はい、行ってきます!」
そう言うとほのかは命の手を取り、生物準備室を後にした。
「はあ、騒がしくなりそうだ。」
樽井は少し口角を上げながらそう呟いた。

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