カニ

 誰しも人生には挑戦の時がある。
初めてのことに挑戦する時。困難な壁に突き当たった時。新しい場所でスタートを切る時。
人はそうやって様々な壁を乗り越えて成長していくのだ。
今ここにいるクリスも例に漏れず挑戦の時を迎えようとしていた。
「じゃあそろそろ行こうか、クリス。」
「はい……」
「どうしたの、クリス?」
「いえ、私が言ったけど、不安がいっぱいなのです。」
「大丈夫だってば。」
 ほのかは笑いながらそう言った。
「でも、それでももし、もし食べられなかったら……」
「そんなこと気にしないでいいの。それに、もし美味しくないと思ったんなら、それはそれで新しいことを知れるいい機会だと思うの。」
 ほのかはクリスを励ますように言った。
「ありがとう。」
「さ、行こ。」

 クリスの誕生日を控えたある日、ほのかはクリスと話していた。
「そろそろクリスも誕生日でしょ。」
「はい、そうねえ。」
「なんかほしいものとか、食べたいものとかない?」
「うーん、むつかしい……」
 クリスは頭を悩ませた。
「色々食べてみたいものとか、欲しいものってある気もするんですけど、聞いてもらえるとなかなか出てこないですね。」
「ああ、わかるかも。意外とそんなもんだよね。」
「うーん……あ!」
 クリスは大きな声を出した。
「何、なんかあった?」
「いや、でも……」
「言ってみてよ。ほら、日本語でこう言うでしょ?言うだけならタダ、って。」
「じゃあ……この前テレビで見て、クラブ、あれを食べてみたいなって。」
「クラブ?あ、カニね!」
「あ、そうです。カニです。でもカニって、確か高かったですよね。」
「まあ、安くはないかな。」
「だからそれはさすがにと思って。」
「まあまあ。せっかくだし、提案するだけしてみようよ。」
「えー、ほんとですか。こんな提案してきて、熱い苦しい人だと思われませんか?」
「熱い苦しい?」
「はい。ホームステイしてるだけなのに、暑い苦しいな、って。」
「もしかして、厚かましい、じゃない?」
「あつかましい?」
「そうそう。今のクリスは全然そんなんじゃないよ?そんなんじゃないけど、多分クリスが言いたかったのは、あつかましい、じゃないかな。」
「ああ、それです。私厚かましいです。」
「全然そんなことないってば。第一、厚かましい人は、自分のこと厚かましいなんて言わないから。」
 ほのかは可愛らしく笑った。
「せっかくだし、お父さんに言ってみるだけ言ってみよ?」

「どう?」
 クリスがカニを一口食べた姿を、家族全員で見守る。
「うん……デリシャス!」
「よかったあ!」
 みんな一安心したようだった。
「じゃあ私も食べちゃおっと!」
 ほのかも笑顔でカニに手を伸ばした。
 最高の誕生日プレゼントだと思うクリスだった。

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