リトマス試験紙

「先生、一つ質問。」
「なんですか、今日はどんな問題を持ってきたんですか?」
 樽井は半ば義務的に聞いた。
「その言い方はひどいと思います。」
「いやでも……」
「今日は理科の質問なんですよ?」
「え?」
 ほのかからのまさかの言葉に、樽井は思わず大きな声を出してしまった。
「そんな驚きます?」
「いやそりゃあまあ。ちゃんと理科の質問を持ってくるなんて、初めてじゃないですか?」
「そんなことないですー。」
 ほのかは、不満そうな顔を浮かべながらそう言った。
「すみません。で、質問というのは?」
「リトマス試験紙ってあるじゃないですか。」
「はい。」
「あれって、実際どうなんですか?」
「どう、と言いますと?」
「確かあれって、酸性だと青色のが赤色になって、逆にアルカリ性だと赤色のが青色になるんですよね。」
「簡単に言えば、そうですね。」
「あれって、実際使えるんですか?」
「なるほど、そういうことですか。」
「はい。」
「まあ正直な話、小学校や中っ高レベルのものではありますね。」
「やっぱり!」
 ほのかは、それ見たことか、とでも言いだしそうな顔をして、樽井の方を見た。
「まあ残念ながら、酸性かアルカリ性かしか判断できないですし、中和する点を正確に判断できませんからね。」
「じゃあなんでそんなものがあるんですか。」
「うーんそうですね、私も科学の専門ではないのでわかりませんが、発見された当初は革新的なものだったんじゃないでしょうか。」
「なるほど。でも確かに、なんだってそうですよね。」
「なんだって、ですか?」
「そうです。何か物が生まれたら、その当時は最新鋭のものなわけじゃないですか。」
「それはそうですね。」
「でも五年十年と経ったらもっと新しいものが生まれて、古くなっていく。そういうものじゃないですか。」
「技術が進歩するということは、つまりそういうことですからね。」
「やっぱり新しいものを作るときって、それまでのものを、先人の知恵を、そしてその叡智の結晶を、尊敬しないと行けなと思うんですよ。」
「ついつい忘れてしまうことですもんね。今があるのは、過去のおかげです。」
 そんな話をしながら樽井は、いつものように話がずれていくのを感じていた。
「でも、だからといって、過去の方がよかったと言ってばかりいるのも違いますよね。」
「まあ正直、そういう人はいらっしゃいますからね。」
「何先生とかですか?」
「だ、誰も先生方の中にいるとは言ってないじゃないですか。」
 分かりやすいくらい動揺した樽井を見て、ほのかは笑った。
「でもなんで、そんなこと言うんですかね。」
「そうですね、新しいものを認めるということが、古いものを否定するということだと感じてしまうんですかね。」
「別に誰もそんなこと言ってないですよ?」
「それは正論ですけど、仕方ないんです。」
 ほのかはやや不満そうな表情を浮かべていた。
「あれというか、何の話でしたっけ。」
「一応、理科の質問ということでしたが。いつも通り脱線はしたと思います。」
「何ですかその言い方。嫌味っぽいですよ。」
「いやそんなつもりはないですよ。」
 樽井は笑ってそう返した。
「まあ何はともあれ、理科に興味をもってきうださってよかったです。」
「別にそこまでではないですけど。あそうだ、先生、私この前の日曜日にクラスの子と遊びに行ったんですよ。」
「大桃さん、それを先に言いなさいよ!」
「は、はい。わざわざ大声で言わなくても。」
「すみません。とりあえず、その話、詳しく聞かせてください。」
 樽井の真剣な顔を見て、ほのかは話すしかないと思った。

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