カルボナーラ

「いやあ、これいいですよ。」
高森は机の上にある紙の束を見て、思わず笑顔でそう言った。
「はい、結構なものができそうです。」
雨相としても満更ではなかった。
「何ですかね、今日はバンバンいい感じで進みましたよね。」
「確かにそうですね。」
高森の言う通り、今日の打ち合わせはいつになく上手く進んだ。
「やっぱりたまにはこうして違うところに来てみるのもいいんですかね。」
「うん、確かにそうですね。」
「いやもちろんあれですよ、あのお店が悪いとかそういうんじゃないですよ。」
高森は必死に弁明した。
「いやもちろん分かりますよ。」
雨相は笑いながら答える。
「まあやっぱり、環境の変化というのは大事ですからね。」
「そうです、そういうことです。」
高森はまだ少し焦っているようだった。
「いつものところで、いつもの空気だから出る案もあれば、こうして環境の変化によって生まれる案もあります。」
高森は納得した。
「なんか、お腹空きませんか?」
「ああ、そうですね。せっかくですし、何か食べますか?」
「そうしましょう。」
二人はメニューを手に取り、それぞれめくりだした。
「何がいいですかね。」
「うーん、迷いますね。」
「ランチメニューとかもありますかね?」
「え、でももう、15時半ですよ?」
雨相は腕時計を見ながら答えた。
「15時半、なら行けます。ほら、ここ。」
高森は自分で見ていたメニューの一点を指さしながら雨相に見せた。
「ランチメニューは16時までです。おお、まだ行けるんですね。」
「みたいです。これにしましょうか。」
「サラダとドリンク、デザートまで着くなら、これにしましょう。」
「パスタか、サンドイッチか。迷いますね。」
「そんな楽しそうに迷います?」
「いや、こういうのいつも迷って決められないんですよ。」
「そうなんですか。」
「普通にコーヒーとか頼むなら迷わないですけど、ご飯となるとどうにも。」
「なるほど。」
「え、先生はもう決めたんですか?」
「うーん、僕も決めかねてます。やっぱり初めて来た店なのでここは王道のミートソースにしようか、でもこのカルボナーラも美味しそうなんですよね。」
「あ、分かります!」
二人が同意するのも納得するほど、このページにおけるカルボナーラはなかなかの異彩を放っていた。
「なんか、こだわってそうです。」
「こだわってないことなんてないですよ。」
雨相は笑った。
「それはそうなんですけど、なんていうか、ね。分かりません?」
「何となく分かりますけどね。」
「うわ、どうしよう。」
」高森さんはどれとどれで迷ってるんですか?」
「僕もせっかくならパスタがいいかなと思ってて、だからミートソースかカルボナーラか、って感じです。」
「それならお互い頼んで、分けましょうか。」
「あ、いいですね。そうしましょう!」
「じゃあ、呼びますね。すみませんー。」
静かな店内に雨相の声は通った。
「はい、お待たせました。」
席に来たのはおそらくここの店主と思われる初老の男性だった。
「ご注文でよろしかったでしょうか?」
「はい。このランチメニューのミートソースとカルボナーラをお願いします。」
「かしこまりました。デザートはどうなさいますか?」
「デザート?」
「はい、その下からお選びいただけます。」
そこには5種類ほどのデザートが。そうだ、デザートが着いてくることをすっかり失念していた。
「えっと……どうしよう。」
高森はまた迷っているようだった。雨相ですら突然のことに決めあぐねた。
「「うーん……」」
二人は思わず沈黙になった。
「そうしましたら、また後ほど伺いますので、その際におっしゃってください。」
「ああ、すみません。」
そう言うと初老の男性は下がった。
「また、迷いますね。」
「そうですねー。」
二人はメニューとにらめっこをするのだった。

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