牧師

「先生、来てあげたよー。」
「来てあげたって……頼んではないんですけど。」
「ちょっと、生徒に対して冷たすぎない?」
今日は彩世と連れ立って来たようだ。
「ああ、杉浦さんもいらっしゃったんですか。」
「なんですか、その言い方。」
「いや、深い意味はありませんよ?」
「「うーん……」」
二人は怪訝そうな表情で樽井の方を見た。
「まあまあ、そんなことより、今日はどうされたんですか?」
「別に。」
どこぞの女優を思い出す塩対応。今時の女子高生に言って分かるとも思えないが。
「えっと……」
樽井はなんとも言えなくなった。
「もう、意地悪はこれくらいにしておいてあげますよ。」
樽井は、意地悪をしてる自覚はあったんですね、と言いたいところをグッと堪えた。
「ありがとうございます。それで、要件は。」
「早口言葉、持ってきました。」
ほのかは誇らしげな表情をしていた。
「ほお。」
「先生得意?」
「いや、得意じゃないと思います。」
「そんな感じするー。」
彩世は笑いながらそう言った。
「じゃあよくある、生麦生米生卵、あれはどうですか?」
「うーん……生麦生米生卵、生麦生米生卵、なみゃ……」
「ああ、噛んだー。」
「なみゃ、だって。」
二人は顔を見合わせて笑った。
「じゃあ、二人は言えるんですか?」
樽井は珍しくムキになってみた。
「言えますよ。生麦生米生卵、生麦生米生卵、生麦生米生卵。」
「おぉ。」
ドヤ顔でこちらを見るほのか。隣で一緒にドヤ顔をする彩世。
「いや、なんで杉浦さんまでドヤ顔なんですか。」
「ほのかが出来たんで。」
まさに謎理論である。
「じゃあ杉浦さんもお願いします。」
「私は、いいんです。」
「え、彩世も言ってみてよ。」
思わぬ味方からの攻撃に、面食らった様子の彩世。
「私は……」
「ね!」
ほのかはキラキラした目で彩世を見ている。
「えっと…生麦生米生卵、生麦みゅぎょ……やっぱ無理だった。」
彩世は泣きそうな顔でそう言った。
「ううん、いいの。言い間違えた彩世も可愛かったよ?」
「本当?そんなこと言ってくれてありがとう。」
「いやそれは違う気が……」
 途中まで言いかけたところでほのかにギロッと睨まれた樽井はそれ以上口を開くのは諦めた。
「もう少し短かったら私も言えたかも。」
「そっか。確かに、生麦生米生卵は少し長かったよね。」
 早口言葉とはたいていそういうものであると思ったが、樽井はあえて口にしなかった。
「じゃあね、私オリジナルの早口言葉ね。」
「え、そんなのあるの?」
「うん!いくよ、『僕牧師』。」
「それなら言えるかも。」
「僕牧師僕牧師僕牧師……言えた!」
 輝く笑顔の彩世。
「じゃあ、先生も言ってみて。」
「はい……僕牧師僕ボコしボコボコし……ああ。」
「ボコボコだって。」
「先生、こんな短いのも言えないんだ。」
 二人はけらけらと笑った。
「はああ、笑ったらお腹すいてきちゃった。」
「あ、この前見つけたあそこ、行かない?」
「うん、賛成!じゃあね、先生。」
 そう言うと二人は颯爽と去っていった。二人がいた時間は短かったが、非常に濃密で、体力を奪われたのだった。
 コーヒーを入れようと思い、お湯を沸かそうと思った樽井は、電気ケトルのスイッチを押してから椅子に座った。
「はあ、もう少ししたら帰るか。」
 そうして明日の授業の確認をする。そしてふと、さっきの早口言葉をつぶやく。
「僕牧師ボコボコ……」
 ちょうど電気ケトルからも、ボコボコという音が聞こえてきたのだった。

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