ウルトラ

 藤色の冊子を閉じると、陽乃は少し上の方を見上げながらを一呼吸した。いいものに触れた時は、こうやって少しばかり優雅な時間を過ごしたいものである。
 その様子を横から見ていた純恋も、はじめの方こそ、どうだっただろうと不安な気持ちにもなったが、元来の性格からそんな雰囲気はおくびにも出さなかった。
 しかし読み終わってからも宙を見つめる陽乃を見て、今回も陽乃の心に確実に刻まれたであろうことを確信し、陽乃には決して気付かれないように小さくガッツポーズをするのだった。
「純ちゃん……ありがとう。」
 陽乃はやっと口を開くと、おもむろにそうこぼした。
「それなら、よかったわ。」
 純恋は喜びを悟られまいようにと、淡々と答えた。
「やっぱり純ちゃんの書く文章は本当に素敵だよね。」
「ありがとう。」
 純粋な陽乃からの誉め言葉に心なしかにやけてしまう純恋。
「今回はスペインに行ったんだね。」
「そうなの。」
「なんかスペインって言うと、サッカーと闘牛くらいしかイメージなかったから、色んなことを知れて本当に良かった。」
「それならよかったわ。」
「私も行ってみたいなあ……」
「もう少し大人になったら、その時は一緒に海外旅行しましょ。」
「うん、する!」
純恋からの提案がよほど嬉しかったのか、思わず大きな声で答える陽乃。
「そうだ、そこに書けなかった話があるんだけど、聞いてくれる。」
「うん、もちろん。」
 純恋からの提案に目を輝かせる陽乃。
「Plus Ultraって言葉、知ってる?」
「プルスウルトラ?ごめん、知らないかも。」
「この言葉はもともとラテン語でね、もっと先へ、とか、もっと向こうへ、っていう意味があるの。」
「へえ、前向きな言葉なのね。」
「そうそう。Plusはプラスと同じスペルだし、ウルトラは極度の、とか、超、とかそういう意味じゃない?」
「うん、言われてみればそうだね。」
「で、この言葉を昔のスペインの王様が、個人的なモットーとして掲げてたんだけど、今ではスペインという国全体のモットーになってるんだって。」
「へえ、なんかすごい広がり方だね。」
「ね、でしょ?」
「モットーか……」
 またしても宙を見つめる陽乃。
「どうかしたの?」
「ううん。純ちゃんにはモットーとかそういうのってある。」
「私はそうだな、『雨垂れ石を穿つ』とかかな。」
「どういう意味?」
「雨の雫でもいつか石に穴を開けるみたいに、努力を続けてればいつか成果が出る、みたいな感じかな。」
「ああ、すごい。」
「いや私がすごいわけじゃないから。」
「ううん。でもそうやってそういうことがパッと出てくるところがすごいもん。」
「ありがとうね。」
「私は、ないなあ。」
 少し曇った表情を浮かべる陽乃。
「うーん、でもね、ハルはいつもトランペットの練習頑張ってるでしょ。」
「まあそれは……」
「吹奏楽部の強い高校に行きたいっていう目標があって、それに向かって毎日努力をしてる。ほら、私と一緒!」
「そうなのかな。」
「そうよ!雨垂れ石を穿つ仲間よ。」
「何その仲間。」
 陽乃はその語呂の悪さに思わず笑った。
「また書いたら読んでよね。私も、ハルの演奏聞きにいくから。」
「うん!」
 二人は少し照れた様子でお互いの顔を見合うのだった。

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