スピーカー

もうお昼前だと言うのにからっ風の冷たさが体に染み入る。気づけばもう秋と言うにも随分寒い季節になってきた。
冬の訪れに耳を傾けながら、陽乃は緊張した面持ちで、待ち人が来たるのを今か今かと待ち侘びていた。
予定より30分ほど早くついてしまった陽乃は、こんな寒い季節にもかかわらず、決して相手を待たせては行けまいと近くの商業施設に入ることも無く、ただひたすらに外で待ち続けていた。
さすがに棒立ちでは寒すぎるので、たまには体を動かしたりもしてみたが、それはそれで傍から見るとおかしな気もして、あまりそういったことも出来なかった。
手土産として、家の近所の洋菓子店で買ったお菓子の詰め合わせの入った紙袋を持っていたが、その紙袋を持つ手もかじかみ、持つ手を変えようかと考え始めた頃、待ち人がやってきた。
「あれ、ハル、もう来てたの?」
「純ちゃん、おはよう。うん、もう来てた。」
陽乃は笑いながら答えたが、心無しか、寒さから歯が少し震えている気がした。
「おはようー。でもまだ集合時間の10分も前だよ?さすがにちょっと早かったかな、って思ったのに。」
純恋は左手にした細いピンク色の腕時計に目をやりながらそう言った。
「せっかく呼んでもらったのに、ギリギリに来るなんて、って思って。」
「それならせめてこの中で待っててくれたら良かったのに。」
純恋は駅に併設された商業施設の方に目をやった。
「それはそれで、純ちゃんが着いたら待たせちゃうじゃない。」
「だから、どこどこのお店にいるよ、って連絡くれればいいでしょー?」
「あ、そういう方法もあったね。」
はじめて純恋の家に呼ばれてすっかり上がってしまっていたのだろう、陽乃の頭にはそんな考えなど微塵も浮かばなかった。
「寒かったでしょ?」
そう言いながら純恋は陽乃に近づくと、陽乃の手を両手でぎゅっと握った。純恋の手はとても柔らかく、そして温かさに満ち溢れていた。
「暖かいー。」
陽乃は思わず蕩けるような表情を浮かべた。
「さすがに寒かっただろうし、ちょっとだけお茶でもしてく?」
「ううん、もし迷惑じゃなければ、もうおうちに行きたいかな。」
「10分弱くらい歩くけど、いいの?」
「うん、大丈夫。」
陽乃はなれないガッツポーズなんかをして、元気であるアピールをした。
「わかった、じゃあとりあえず行こうか。」
二人は純恋の家を目指して歩き始めるのだった。
「純ちゃんのおうち行くの初めてだからなんか緊張しちゃって、早めに来ちゃって。」
「そんなんで緊張する?まあ私もほとんど友達呼んだことなんてなかったから、ちょっと緊張して早く来ちゃったけど。」
純恋は笑いながら言った。
「でもまさかハルがあんなにうちのスピーカーに興味持つと思わなかった。」
「うーん、やっぱり吹奏楽部だし、それこそ家には全然ないから興味はあって。」
「よかったー。その話、うちのお父さんにしたら、是非うちに来てもらいなさい、ってなんか張り切っちゃって、ハルに教えてあげなさいって色々レクチャーされたのよ。」
純恋は呆れたような口調でそう言った。
「えー、そうだったの?なんか、ごめんね。」
陽乃は少し笑いながら謝った。
「まあ、いいんだけどね。」
純恋も同じように笑い返した。
「ここら辺なの?」
さっきまでの活気づいた駅前を離れ、住宅地が増えてきたあたりで陽乃は尋ねた。
「うん、そこの角を曲がったらすぐよ。」
そして純恋が言う角を曲がると、そこには映画やドラマでしか見た事がないような大きなお屋敷が一つ。
「えっと、まさか、あそこ?」
「うん、そうだよー。」
陽乃は思わず倒れそうになるのだった。

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