存在の定義
久しぶりの翼からの連絡は恭平を幸せな気持ちにさせた。
「おお、翼もついに結婚か。」
中学のときにサッカー部で出会った翼と恭平は、他にもたくさんの部活のメンバーがいるにも関わらず、なぜか妙に馬が合い、すぐに仲良くなった。
毎日一緒に練習をし、一緒に遊び、同じ高校に進学した二人は、高校に入ってからも変わらず一緒に過ごしていた。そんな毎日がいつまでも続くと信じて。
しかし高校を卒業すると二人は別々の大学に進学し、今までのように毎日一緒に会うことはできなくなった。
それでも会える日を作っては一緒に遊び、今までほどではないものの仲良くしていたが、大学を卒業していざ就職をするとそうはいかなくなった。
会えるのは年に一度か二度。それだって仕事終わりにあったりする程度で、昔のように朝から晩までとはいかなかった。
しかし今日は久しぶりに会えるうえに、あの翼が結婚である。
久しぶりの再会はというと披露宴や二次会についての打ち合わせも兼ねていたため、もう一人恭平とは面識のない友人も来るとのことだった。
それに関しては少しばかり不安要素もあったが、翼の晴れの日ということであまり気にならなかった。逆に、自分と面識のない翼の友人に会えることを楽しみにすらしていた。
「おお、こっちこっち。」
小洒落たカフェに入ると奥で翼が手を振っている姿が見えた。
「おお、久しぶり。」
「おお。まあ座れよ。」
「うん。」
翼の向かいの席に座る恭平。
「今日は来てくれてありがとうな。」
「ああ、いいよいいよ。それよりまずは結婚おめでとう。」
「ありがとう。」
翼は深く頭を下げた。
「そんな頭下げるなって。でもこうして会えるのも本当久しぶりだよな。」
「本当だな。あれ、だって前回会った時はサッカー部の集まりじゃなかったっけ?」
「そうだそうだ。あの、小坂が飲み過ぎて。」
「ああ、そうだよ。大変だったよな。」
「なあ。え、てことは二人で飲んだのはそれより前だから……」
「去年とかじゃないか?」
「うわあ、もうそんななるか。あれだ、俺が残業で一時間くらい遅れちゃって。」
「そうだったっけ。」
「うん、そうそう。その時に初めて、結婚も視野に入れてるみたいなこと聞いたんだよ。」
「ああ、そうだ。あの、焼肉屋でな。」
「そうそう。」
「あれ、もう一年も前か。懐かしいなあ。」
「そうなあ……あれ、そういえば翼の友達っていう人は?」
ふと時計を見ると集合時間を少し過ぎた時間だった。
「ああ、なんか電車が遅れてるから少し遅れるかもって。」
「ああ、そうなん……」
「ごめん、遅れたー。」
そういって少し背の高いメガネをかけた男がやってきた。
「おお、今ちょうどが話してたところだったんだよ。」
「悪い悪い。」
「まあとりあえず座って。お互い紹介するからさ。」
恭平は男と目を合わせると軽く会釈をし、男も軽く会釈をした。
「よし、役者もやっとそろったということで。まずこいつが近藤恭平。中学からの同級生で同じサッカー部だったんだ。」
翼は恭平の方に手を向けながら紹介した。
「どうも、近藤です。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
「で、こいつがしげちゃん。俺のイマフレ。」
「どうも、しげちゃんです。よろしくお願いします。」
「あ、よろしくお願い……え?」
恭平もしげちゃんなる男と同様にあいさつしようとしたが、色々と引っかかるポイントが多すぎて思わず止まってしまった。
「どうした?」
「いや……」
「どうかされましたか?」
「あの……なんか色々と気になってしまいまして。」
「やっぱりそうだよな。」
翼は小刻みに何度か頷いた。
「どこが気になった?」
「え?いやだから、イマフレ、とかいう言葉と、こちらの方がしげちゃんです、っておっしゃってたことかな。」
恭平はしげんちゃんなる男が怪しい人物である可能性を考えてなるべく刺激しないように答えた。
「うん、正解。」
「正解?」
「今日は全部話すよ。」
「うん、お願いします。」
「まずイマフレっていうのは、分かりやすくするとイマジナリーフレンド。イマジナリーフレンドは分かる?」
「え、あれじゃないの。子供とかが空想で作り上げる友達じゃないの。」
「そうそれ。しげちゃんは僕のイマジナリーフレンド。」
「え……?」
恭平は全く状況を理解できなかった。
「俺が子供の頃に作ったイマジナリーフレンドだからしげちゃんって名前なんだよ。」
「いやそうじゃなくて、え、イマジナリーフレンド?」
「そうだよ。」
「え、いやいやそんなわけないじゃん。」
「なんで?」
「なんでって、俺にも見えてるし。」
「ああ、そこ?想像力の賜物だよ。」
「想像力の賜物?」
「そう!」
翼は元気に答えた。
「いや、そう!、じゃなくて。意味わからないじゃん。」
「いやそりゃあ俺だって意味わからないよ?でもそうなんだから仕方ないじゃん。」
翼は半ば怒り気味に答えた。
「なんでそんな感じなの?」
「いや俺って割とませてたからさ、しげちゃんって本当は存在しないんだ、ってどっかで思ってたんだよ。」
しげちゃんなる人物もうんうんと頷いた。
「だから、しげちゃんが本当にいたらいいのに、って思って、願って、そしたらみんながしげちゃんを見えるようになって。」
「え?」
「それで。」
「それで、って。」
「触れるよ?」
「え?」
「本当ですよ。」
そう言うとしげちゃんなる人物は手を差し出した。
「ほら、握手してみなよ。」
「いや……」
面食らった様子の恭平をしげちゃんなる人物はしっかりとつかんだ。
「ひぃ!」
まるで虫でも触ったかのような反応をする恭平。
「そんな驚かなくてもいいのに。」
「だって、触れたから。」
「そうだよ。」
しげちゃんはなぜか少し照れていた。
「ドッキリだろ。」
「ドッキリ?」
「そういう嘘なんだろ。」
「いや本当だって。」
「俺は信じないぞ。カメラでも回してて、後でサッカー部のやつらと笑ってみるんだろ。」
「違うって。」
「じゃあ証拠は?証拠を出せよ。」
「証拠って……だから、しげちゃんは親とかいないし、そもそも戸籍がないから。」
「戸籍がない?」
「そうだよ。」
「え、いや証拠は?」
「存在しないことを証明するのは難しいなあ。」
「ええ?じゃあ仕事は?」
「してないよ。」
「え、家は?」
「ないよ。」
「え、どういうこと?」
「だから戸籍がないから、何にもできないんだよ。」
「え?ご飯とかそういうのは?」
「僕は元々イマジナリーフレンドなんで、そういうのなくても生きていけるんですよ。」
「え?働いてなくて、ご飯も食べなくて、あれ電車。電車に乗ってきたって。」
「はい。」
「電車題はどうしてるんですか?」
「それは想像した僕の責任だから、お小遣いって言ったらあれだけど、ひと月にちょっとだけお金渡してるんだ。」
「ええ?あ、それこそ住所がなかったり仕事もしてなかったらスマホとかはどうしてるの?」
「スマホは持ってないですね。」
「はい、ダウト!」
「どうして?」
「電車が遅れてるって連絡したんだろ?」
「ああ、イマジナリーフレンドだからね、テレパシーみたいなやつがあんのよ。」
「ええ……うん……」
「まあ、今すぐにとは言わないよ。ちょっとずつ理解していってもらえればいいから。」
翼は恭平をなだめるように言った。
「ちょっとずつで大丈夫ですよ。」
恭平はあまりのことに吐き気を催しかけていた。
「なんか聞きたいことはある?」
「奥さんはこのこと知ってんの?」
「知ってるわけないだろ。こんなの狂ってるじゃん。」
「その感覚はあるんだな。」
「そりゃああるよ。俺も、変だなとは思ってる。」
「じゃあなんで俺には言ったんだよ。」
「親友のお前には全部知ってほしくって。」
俺にも黙っていてほしかった。その言葉は翼の真剣な表情を見ると言うことはできなかった。
「とりあえず、結婚おめでとう。」
「ありがとう。」
恭平は全ての言葉を飲み込んで祝いの言葉を述べた。
「そういえば、恭平は彼女とかいないの?」
「もう長いこといないよ。」
「恭平、結婚はいいぞ。」
「そうだろうなあ!」
恭平はなるべく平静を装い、そしてなるべくしげちゃんの方を見ないようにした。
「誰かいい人いたら紹介してくれよ。」
「いやあ、楓なら……」
「楓はイマジナリーフレンドじゃない?」
「ああ、そうだった。すまんすまん。」
「もう、おっちょこちょいだなあ。」
翼としげちゃんは笑いあっていたが、恭平はもう吐く寸前だった。