ラッキー

 もうすっかり冷え込む今日この頃。陽介や英一といつものように会話に花を咲かせながら帰路に着いた勇樹。
二人と解散すると、何を買うでもなくコンビニに行き、少しばかり雑誌コーナーを眺めてから家に向かった。
いつもと同じようにインターホンを鳴らし、家の鍵を開ける。いつもならここで母親からのおかえりなさいの声掛けがあるのだが、今日は聞こえてこない。
「ただいま。」
 そう呟きながら部屋に入るが、勇樹のその言葉にも返事が返ってくる様子はない。
 きっと買い物にでも出かけているのだろう、そう思いながらリビングまで足を延ばすと、食卓の上に紙切れが一枚見える。どうにも嫌な予感がする。
 自分の住んでいる家でありながら少し足早に動き、その紙きれを手に取る。
「勇樹へ。
もしかしたらいい忘れてたかもしれないから一応手紙残しておくわね。
お父さんが偶然、本当にラッキーでお休みを取れたので、冬の沖縄に行ってきます!
明々後日には帰ってくるのでよろしく!
お金も一緒に置いておくので、必要だったら使ってください。」
 そう、母の文字で書かれていた。
確かに、置き手紙の下には正月はまだだというのにポチ袋が一つ。
中を見てみると、そこには最高級な紙幣が三枚と、もう一つ小さな置き手紙。
「突然ですまん。お釣りはお小遣いにしちゃっていいぞ!」
 これは間違いなく父の筆跡、しかもその筆跡から察するに相当浮かれているようだ。
「はあ。」
 大きな声でため息をつく勇樹。
「本当、仲いいなあ。」
 勇樹からしてもこの歳になっても両親の中がいいのは決して嫌な気持ちはしないし、なんなら高校生の勇樹からしてみれば両親が家におらず、一人暮らしを疑似体験できるのは願ってもない話である。
 しかし、それにしても、いつも唐突すぎやしないかと頭を悩ませるのだった。
「とりあえず、二人に連絡するか。」
 母親からの置き手紙をスマホで写真に収めると、陽介と英一に送る勇樹。
 少しスマホの画面を眺めていると、すぐに既読が二件着いた。
「おお、さすがまっつんのお母さん、って感じだね。」
「振り回されるこっちからしたら溜まったもんじゃないけどな。」
「仲がいいのはいいことだね(笑)」
「仲が良すぎるのも考え物だ。」
「ちなみにこれは、泊まりに行っていいってこと?」
「想像に任せる。」
 陽介からの質問に、明確な答えは出さない勇樹。
「じゃあお邪魔します!」
「わかった。」
「僕はちょっと今夜は家族の用事があって、明日は泊ってもいいかな?」
「おお、待ってるよ。」
「じゃあ明日はよろしく。」
 と、それと同時に陽介個人からの連絡が入った。
「今お母さんに話したら、それならうちでお夕飯食べてったら、って言ってるんだけど、よかったらどう?」
「え、いいのか?」
「うん、もちろん。」
「じゃあせっかくなら、お邪魔させてもらおうかな。」
「おっけー!あ、手土産は持ってこないようにって言われたから、そこだけよろしく。」
「わかったよ(笑)」
「(笑)なんて珍しい(笑)」
「うるせえ。よろしくな。」
「うん。じゃあ19時にうち集合で。」
「わかった。」
「終わったら、まっつん家に行こう!」
「わかった。」
 そう言ってスマホを閉じる。
 とりあえず軽く掃除でもしようと思い立ち、動き始めるのだった。

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