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はじまりの日の「赤紙」

 人口十万人を割るこの田舎には、いまだに兵役がある。

 消防団だ。

 小さな図書館の司書二年目の二月、それは突然やってきた。「勧誘」という名の、赤紙。実家の狭い玄関を埋め尽くすように、男たちが立っていた(女の人もひとりいる)。「こんばんは、消防団ですけど」と、一人が口火を切る。それを遮るかのように、

「きみさ、消防団、どう?」

 と、鼻で笑うような、まさしくにやりと笑みを浮かべたのが、ひと際目を引く男――夫だった。

 断るのも面倒だったし、どんな活動をしているのか、年間スケジュールはどんなかを、たくさんの男のうちの一人が喋っていて、ぼんやりと聞いていた。その間、ひと際目を引く奴は、どちらかというと人好きのしない笑みを浮かべて、玄関の三和土に立っていた。名乗りもせず、第一印象は最悪なのに、「大学のゼミで人気のあった男に似てる」と理由で、ちらちらと目線がいった。

 結果から言えば、私は消防団に入団した。勧誘にあうひと月前、役所の職員にある回覧文書が回った。曰く、市民からの苦情で「市職員の家に消防団の勧誘に行ったら、『入団しても自分にメリットも興味もない』『消防団に意味はあるのか』と断固として断られたが、職員に対してどんな人材教育を行っているのか」…。この投書が無ければ、入団しなかった、と思う。

 同じ職場の先輩の、

「うちの妹がやっぱり勧誘に断れなくて消防団に入ったけど、そこで婿を捕まえてきたよ。そういう出会いがあるんじゃない?」

 という台詞も背中を押した。当時、彼氏どころか、好きなひとさえいなかったから、なんとなぁーく出会いもあるかなあ、なんて思っていた。

 入ってみてわかったけれど、市には二十弱の消防団の分団があって、私の所属は第十六分団だった。勧誘の日にいた女の人は、団での先輩で、包帯法やら、消防団の規律やらをゆるゆると教えてくれた。そしてそれぞれの分団に、女性団員が数名~十数名所属していて、その中ではやっぱり男女くっついたり離れたりしているみたいだった。


 この入団から四年後、私は夫と結婚する。

 でも、その夫は、今夜いない。


 そんな夫とのこれまでと、暮らしを書いていこうと思う。


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