見出し画像

こういう時代だからこそ大切にしたい

村上春樹訳のスコット・フィッツジェラルド「グレート・ギャツビー」を振り返って。

今回は内容についてではなく、
翻訳家であり作家の村上春樹さんが後書きでも語っている「言葉の難しさ」から考えていきたいと思います。

「グレート・ギャツビー」は村上春樹さんが人生の中で出会った重要な3冊の中の1冊に当たるそうです。

当初の予定では、そんな彼にとって大切な本を、老後の趣味として盆栽を細々と続けていくように、長い時間をかけて丁寧に訳しながら、60歳になった時に世に出す計画でした。

作家として様々な作品を手がけていくうちに、「グレート・ギャツビー」の翻訳を始めてもいいのではないか、作家としてそのような手応えを感じ、翻訳に至りました。

作品の主人公ギャツビーは、主に彼の唯一の理解者ニックに話しかける時、親しみを込めて「オールド・スポート」と呼びます。

これは自分の友人に対する愛称のようなもので、
「〜だよね、○○!」「○○、何してるの〜」
というニュアンスだと思うのですが、

村上さんは、この「オールド・スポート」に相応しい日本語を、20年以上考えても思いつかなかったと。

-「オールド・スポート」は「オールド・スポート」でしかなく、「オールド・スポート」以外のものではあり得ないのだ。

シンプルな説明だけど、1番わかりやすい。めちゃ共感できる。

「直訳すると、こういうことで…」

という説明を何回も使ったり聞いたりしたけど
あくまでそれは考えの本筋を与えているだけで、

それに沿った十人十色の考え方を時には求めるし、認めることをしなければならない。

でも与える側としては、そういう事じゃなかったんだけど、という事も多々あるわけで……矛盾。

だから非対面のコミュニケーションって難しく、また面白い。

余談ですが、

私の大好きなストーリー・テリングの女王Taylor Swiftの最新アルバムの一曲”Dorothea”の視点は、初めて聴いた時なんとなく男性だと思っていたけど、公式の和訳は女性の語りかけ方だったし、

DNCEの”ToothBrush”の日本版アルバムのタイトルが「歯ブラシの歌」だったときは衝撃を受けました。笑



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?