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【最新作云々㊳】"測り難きは人心"他人が羨む経歴にこそ闇がある... 令和版のサラリーマン"蒸発"物語の映画『ある男』

 結論から言おう・・・・・・こんにちは。(♡´ω`♡)
 スーパーガンダムは素体のガンダムMk-IIが黒いティターンズカラーのほうが断然カッコよかったのに…と思ってる、O次郎です。

ほらね!!(^・ω・^ )
ZZ』でバリエーションとして登場してくれればビジュアル的にも
戦闘的にも華を添えられたと思うんだけど、そもそも『Z』の終盤で
誰かさんがGディフェンサーを壊して以降は一切補充されず。
・・・毎週描くのが大変でしたの?

 今回は邦画の最新映画『ある男です。
 とある女性が再婚するもその相手と数年後に死別。告別式にて初めて対面した親族の証言で彼が全くの別人で名を騙っていたことが解り、彼女が知人の弁護士と共に彼の正体を探っていく中でその入り組んだ複雑な事情と人間模様が明らかになっていくミステリー。
 数々の文学賞を受賞している平野啓一郎さんの小説を原作に、『愚行録
蜜蜂と遠雷』で知られる石川慶監督の手で映画化された作品で、特にラストの主人公の人間性に観客が惑うような不穏な展開は、同じ妻夫木聡さん主演作品ということもあり、『愚行録』のそれに通ずるものを感じました
 人一人が過去を捨てて別人として生きる…というと、例えばとんでもない額の負債を抱えるとか重大犯罪を犯してしまうとか、大半の人間が経験し得ない"積み"状態の末の已むに已まれぬ究極の選択のように思えてしまいます。
 しかしながら本作を俯瞰すると、人間誰しも自らの置かれた境遇に往々にして満足よりも閉塞感を見出してしまい、しかも傍から見るとそれと理解出来ないために当人が余計に孤独を深くする、という構造は遍く人間関係に存在するのかも、と思えます。
 そしてであるならば、人というのは何かの偶然やちょっとした切っ掛けが目の前で生じれば容易く過去を捨てる選択を選び取ってしまうものなのかもしれません。それが頭で考えたものではなく、心が仕向けるものであればなおさらです。
 今作はそうした類のお話です。ミステリー映画好きはもとより、失踪事件の背景にあるゴシップ性にどうにも惹かれてしまう出歯亀根性旺盛な方々も感想の参考として読んでいっていただければ之幸いでございます。
 なお、いつもの如く盛大にネタバレしておりますので、そのへん気になさる方はご鑑賞後にお読みくださいませ。
 それでは・・・・・・・・・・・・・・・"人間蒸発"!!

巨匠今村昌平監督の時代を先取りし過ぎたモキュメンタリー。
"現実に失踪した人間の行方をその婚約者と共に追う"という設定で、
ラストは楽屋オチみたいな唖然とする幕切れの怪作。
配信対象になかなかなりそうもなくて数年前に円盤購入しましたが、
途中でサブリミナル的に挿入される能のカットなんかがモノクロ画面と相俟って恐ろしや…。



Ⅰ. 作品概要

(あらすじ) 
 数年前に幼い第二子を重い病気で亡くし、それが原因で夫と離縁しつつ田舎に引き上げてきた里枝(演:安藤サクラさん)。
 失意の中、一緒に暮らす長男のためにも懸命に立ち直ろうとする彼女は町に移り住んできた寡黙で口下手ながら温厚な青年谷口大祐(演:
窪田正孝さん)と出会って再婚。彼との間に娘をもうけるも数年後に彼が仕事中に不慮の事故死…その彼の法要に際して彼と絶縁状態だった兄恭一(演:眞島秀和さん)が訪れて彼が大祐の名を騙った全くの別人であったことが判明する。
 残された家族三人ひどく狼狽するも愛していた彼が何者だったのか知るため、亡くなった彼の身元調査を里枝の離婚調停を依頼した弁護士城戸(演:
妻夫木聡さん)にすることになるが・・・。

 物語の主人公はこの弁護士城戸でありながら全2時間尺の中で冒頭30分が上記の一家の馴れ初めに割かれており、"別人への成り済まし"を取り巻く登場人物とその家族関係が万遍無く均等に描かれています。後に明らかになっていくニセの大祐の本当の素性についても相応の尺が割かれており、全体的に群像劇として各登場人物に"厚み"を持たせようと腐心しているように感じられます。

"過去を捨てる"という尋常でない選択をした人物を尋常な人物として描き、
そこから各人が大切にしているもの、幸せを噛み締めている生活が何かのきっかけで
容易く"重荷"として変換されてしまう不可思議をあくまで日常の地続きとして展開してるのです。

 それがゆえに"成り済まし"の当事者を理解しようとする捜索の過程が"共感"へと繋がり、その"共感"が関係者各々にも"気付き"を与えてその私生活を浸食していくのです。
 普段から我々も自身の抱える大小様々な葛藤を適度に騙し騙しに生きていますが、個々人の幸福追求のためにはその一つ一つに向き合って解消していくのが望ましいです。しかしながら他者と共有している幸福の中ではそうした個々人の葛藤はむしろ邪魔であり、見過ごして然るべきものとなります。
 そして他者と現在進行形で共有している幸福が大きければ大きいほどその構成員である個々人の葛藤も大きくなり、その葛藤の解消欲求即ち共有幸福との相克も深刻になってしまいます。
 とどのつまり"持てる者は持たざる者、持たざる者は持てる者"といった禅問答のような話になってしまいますが、個人の葛藤解消追求に舵を切ってもやがては他者との共有幸福という彼岸の果実に手を伸ばさずにはおられず、それが果たせない場合は共有幸福に浴する他人を個人の葛藤の迷路に引き摺り下ろさずにはいられません。

CURE』(1997)を思い出します。
自らの葛藤の解消のためにその根本原因の他者を消してしまうのが『CURE』であれば、
葛藤を抱えている自分自身を消してしまうのが本作『ある男』。


Ⅱ. 「ある男」たちの素性とその行く末…

 谷口大祐の名を名乗っていた青年は原誠という元ボクサーでした。彼自身は何ら罪を犯していたワケではなかったものの、彼の父親が彼の幼少年期に強盗殺人の罪を犯してしまったことから人生が一変…。
 早々に父の姓である「小林」から母親の旧姓である「原」へ改めましたが、世の中は非情なもので姓を変えても「死刑囚の息子」という烙印が消えることはありません。しがらみのない土地に流れた末にひょんなことから始めたボクシング(成長して父親そっくりになった自分自身を痛めつけたかったという屈折…)で芽が出たことからプロデビューが目前にまで迫ります。

しかしながら表舞台になれば自分の血塗られた出自が暴露されるのは明白。
自分を鍛えてくれたオーナー小菅(演:でんでんさん)に「お前はお前だ」と慰留されますが
結局その道を断念します。恐る恐る自分の正体を打ち明けた彼に対してオーナーをはじめ誰も彼を
疎んじず、恋仲の女性も居たのですがなればこそそんな温かい隣人たちを世間の好奇の視線に
晒すまいと身を引きます…。

 そして"戸籍交換"を生業とするブローカーの仲介で一度名前を変えたうえで最終的に谷口大祐の名前を手にしています。
 再び流れ流れた見知らぬ地で恐らくはただ寂しさから里枝に声を掛けたのでしょうが、大事な幼い子を失った彼女と長男の悲しみの中で懸命に人生の再出発をする彼らと自分のそれとを重ねたのでしょう。
 彼らと新たな家庭を築いて数年後に市の嘱託職員としての森林の伐採の仕事中の事故で命を落としてしまいますが、少なくとも彼自身にとってはそれが純然たる不幸であったかどうかは難しいところです
 きっと彼らとの絆が深まっていく時間の経過の中で自らの素性を偽っている葛藤は深まっていき、それを明かしたら明かしたで彼らもそれまで秘密にしていた彼を責めずにはいられなかったでしょう。
 皮肉なことに、誠がその生を終えたことで彼自身は己の葛藤から解放され、また彼と家庭を築いた家族は彼の真実を知ってもその死後ゆえに背負う十字架の重みが軽減され、受け止める余地が生まれたことは間違い無いでしょう。
 彼の死は自殺ではなかったですが、果たして死の瞬間まで生にしがみつこうとしていたかは・・・という気がします。

"自分に後ろめたいところがあったから優しかったのでは?"と薄っすら訝る長男に対し、
"自分が父親にしてほしかったことをあなたにしてくれたの"と諭す里枝。
穿った見方ではありますが当人が不在だからこそその尊い人間性に意識が向くものではないかと。

 

 そして本物の谷口大祐(演:仲野太賀さん)も全く別の名前で生きていました。
 そちらの経緯については作中詳しくは語られていませんが、兄の恭一(演:眞島秀和さん)の人間性がそのヒントになります。
 序盤でニセの大祐である誠の法要に訪れた際も里枝に対して平然と従来の大祐の悪口を述べたりとお世辞にも礼儀正しい人物ではありませんでしたが、本物の大祐を探すための調査で城戸が訪れた際には自身の経営する老舗の温泉旅館について「父の代では繁盛していなかったのを自分が立て直した」「弟にはその才気が無かった」と無関係な彼に対してマウント話。挙句の果てに最終的に誠の真の素性と人となりが解って安堵と思慕の情を募らせる里枝の目の前で「なんにしろ他人の名を騙るなんてろくな人間じゃない」と悪態を吐いて彼女のみならず城戸の怒りも買う始末。
 "出来の良い兄と不出来な弟"という構図も子どもの頃ならまだ我慢が出来ます(というより家族から逃げることも出来ず我慢するしかないのですが)。しかしながら大人になって弟の側にも相応のプライドがあるにも関わらず当たり前のように見下され馬鹿にされ、それが巡り巡って家庭内のみならず外社会でも自身の卑屈さに繋がってしまったとなれば愛憎相半ばどころの話ではないでしょう。
 加えて田舎では家庭内のそうしたパワーバランスは面白可笑しく他人の噂話に供され、名実ともにレッテルを張られます。しかも出来の良い兄の側は経営者の重責を自分が一手に担ってやっている気分が有るのでモラハラ意識の自覚はそうそう持ちえないはず。
 極めつけに(作中では具体的な描写はありませんでしたが)仕事の重責を盾に親の介護などを兄から押し付けられたりすれば当人としては今の身の上は十分すぎるぐらいに思い十字架になるのではないでしょうか。

そんな本物の大祐にとっての唯一の救いはかつて交際していた美涼(演:清野菜名さん)との
再会の際に彼女が彼の葛藤を理解しようとしていてくれたこと。
過去にくっついたり離れたりがあったようですが決して苦いだけの思い出ではなかったようです。
"負の感情は低い方に流れる"即ち兄に冷淡に扱われていた鬱積から大祐が彼を支える美涼に辛く
当たるような負の連鎖も有り得た筈ですが、二人の関係は幸いにもそうではなかったようです。
おそらくは美涼の側にも家族との軋轢があり、互いの境遇を思い合っていたのかもしれません。

 誠の場合は己の葛藤を家族に知らせられなかったのですが、大祐の場合はたとえ知らせても理解されようがなかったのでしょう。虐められている側の悲鳴を聞いても虐めている側が「そんなことで嫌がっているとは思っていなかった」となってしまうように
 美涼が大祐と交際していたのは彼が老舗旅館の子息の大祐だからではなく、彼の人間性ゆえだったのであり、彼女だけでも過去を含めた今の彼を受け容れてあげて欲しいところです。


 そして最後は主人公の弁護士城戸です。序盤から少しずつ彼の生活に付きまとう葛藤についても小出し小出しに描いているのが演出としても巧妙なのですが、彼は自身のルーツが朝鮮系、即ち在日韓国人三世であることを表面上は平静ながらその実かなり気にしつつ生きてきたようです。

本作の一連の事件の切っ掛けとなる"戸籍交換"のブローカーであり、
今現在収監中の小見浦(演:柄本明さん)との接見。
「先生は在日ですね~。在日っぽくないけど。
でも、在日っぽくないってことは在日っぽいってことなんですよ~。」
と城戸の無意識下の葛藤を見透かして嘯きます。
捜査の過程で協力を得ながらその見返りにそのモンスターの好奇のエサになってしまう…
羊たちの沈黙』的な恐怖ここにあり、です。

 弁護士というと社会的立場の高い仕事の典型のようですが、彼がそこを目指した動機には幼少よりのコンプレックスも少なからずあったのかもしれません。
 そして彼は結婚していて妻の香織(演:真木よう子さん)と幼い息子が居ますが、どうやら過去に浮気をして妻とそれについて一悶着あったようです。
そこについて家庭に負い目を作ってしまったわけですし、義理の両親もどことなく在日の方々に偏見があるフシが有り、もしかすると浮気を巡る口論の際にも香織から「これだから彼方の人は!!…」みたいな言葉を投げつけられたのかもしれません。

 終盤に"谷口大祐"を巡る二人の調査が完了した後、城戸は家族水入らずでのお出かけの際にふとした偶然から香織の浮気を察してしまいます。彼女がお手洗いに行っている際に彼女の携帯でゲームをしていた息子を見ていると、彼女の浮気相手からの生々しいメッセージが届いてしまうのです。
 しかし城戸にはどうすることも出来ないでしょう。先に自分の方が浮気の前科が有りますので責めようがないですし、もし離婚調停ともなればその経緯からして自分の方が不利になるのは本職として明白と判断しているのかもしれません。
 香織は「もう一人子供が欲しい。今の賃貸では手狭だから、お父さんに頭金を出してもらって戸建てに住みたい」と言っていました。最終的に戸建ての話は立ち消えとなっていましたが、義理の両親に金銭的援助を受けているならなおのこと香織の不義理には強く出られません。もし、やがて生まれくる第二子の父親が・・・・・・というようなことになったとしても。

そう考えると実際、彼が苦労して築いた今の家庭生活はなんと雁字搦めなものか…。

 
 誠の場合は己の葛藤を家族に知らせられず、大祐の場合はたとえ知らせても理解されようがなく、そして城戸の場合は最悪なことに己の葛藤を家族に利用されているようです
 作中で香織は城戸に投げ掛けていました。「私から逃げたいの?」と…。
仮に全てを清算すべく離婚調停に舵を切っても、我が子の養育権は香織に取り上げられ、彼に残されるのは養育費と場合によっては家のローンの支払いの義務だけではないでしょうか。

※ちなみにこんな本が有ります。以前岡田斗司夫さんがYouTubeでご紹介されてました。
簡潔に言うと、離婚は総じて社会的・経済的立場の弱い方に同情的、ということのようです。

 かくして、エピローグでは空白となった"谷口大祐"の名前と経歴を引き継いで別人となった城戸の姿が描かれています
 "他人になりたい"という積極的な理由はともかく、"今の自分でいたくない"という消極的な理由で別人になりたいという人は実は意外に多いというか、むしろそれが普通ぐらいなのかもしれません。

冒頭とラストに現れるルネ=マグリットの「複製禁止」。
 "戸籍交換"にまつわる本作の上記三人は元の社会的立場と人間関係はそれぞれですが、
"それによって自分自身を見失っている"という点で共通しているのがなんともかんとも…。



Ⅲ. おしまいに

 というわけで今回は最新の邦画のミステリー映画『ある男』について書きました。
 正体不明の人物の素顔を追うミステリー展開だけでもなかなかに重厚でしたが、そこに石川監督らしいモラルを揺さぶる捻りが加えられたなんともシニカルなどんでん返しも待ち構えていて唸らせられました。
 いわゆる"胸糞映画"の類にも属するかもしれず、人によっては純然たるミステリー要素だけを期待して結果消化不良となるかもしれません。
 しかしながら実力派キャスト陣の力演によってその出演尺に関わらず各キャラクターに奥行きが出ており、それぞれの登場人物が何故今のようになってこれからどうなるのか、といった余韻も生まれる秀作だったと思います。
 
 今回はこのへんにて。
 それでは・・・・・・どうぞよしなに。




末筆ながら、城戸の同僚の中北(演:小籔千豊さん)も
灰汁の抑えられた良いキャラクターでした。
当たり前といえば当たり前ですが、新喜劇とは真逆の演技で。



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