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甲子園球児を眺めながら呑むビールの旨さ

「大きくなったら甲子園に出て、プロ野球選手になるから応援に来てください」と、かつて野球少年だったぼくは、いろんな場所で言っていた。両親に、祖父母に、近所の人に、所属していたソフトボールチームのコーチなどに。結局ぼくは、中学校の野球部で周りの部員たちに身長も体力も技術も情熱も、なにもかも追いていかれ、野球部のない高校へ進学した。今となっては夢は夢のままで終わってしまったのだけれど、それはそれでまぁある程度は幸せな夢であったように思う。


そんな野球少年だったぼくも、いつの間にか高校球児たちの年齢に近づき、追いつき、追い越す。もうすぐ23歳になるぼくは、高校球児たちからすると若おじさんのような歳になってしまった。ぼくが小学6年生だった頃、最高学年として1年生たちの給食の配膳や掃除を手伝いに行っては「ガキンチョは生意気だなぁ」だなんて思っていたガキンチョたちが、今はもう甲子園のグラウンドで観衆たちを一喜一憂させているのだと思えば、不思議なことだ。


8月某日、ひょんなきっかけで夏の甲子園の中央指定席上段――つまりはいい席だ――のチケットをいただき、無料で野球が見られるというエサを目の前に差し出されたぼくは、特に断るに足る予定も理由も見当たらなかったので、バスと阪急電車と阪神電車を乗り継ぎ、甲子園球場を訪れた。本日の4試合は高知中央―川之江、鳥取商―履正社、智弁学園―英明、愛工大名電―徳島商と名門校が揃う。ぼくは球場に入る前にきちんと甲子園球場前のコンビニエンスストアで500mlの缶ビールと1Lの水を調達し、プラスティックのコップにビールを移し替えてから勇み足で自分の席へと向かった。そこは甲子園の内野席を覆いつくすように設えられた大きな屋根の下にあり、夏の熱い日差しから十分に保護された、至極快適な席だ。どうやら聞くところによると台風が接近しているらしく、空は曇っていて涼しい海風が吹く。「絶好の野球観戦日和」といえば、雲ひとつない青空に白球が浮かび上がるような、そんな光景が目に浮かぶけれど、そのような天候は暑くて仕方がないので、少々曇っていた方が「現実的な野球観戦日和」なのである。


とはいえ、曇ってはいても暑いことには暑い。それは夏なのだから仕方がない。「愚者言愚痴之現状然、賢者試変之現状也」という中国の古い言い伝えなんてものは聞いたことがないけれど(ぼくがそれっぽく作った言葉だ)、「暑い暑い」と現状に対して愚痴ばかり垂れているのではなく、暑いなら暑いなりに快適に過ごすのが賢い野球観戦の仕方だ。すなわち、それはビールを呑むことなのである。月曜日の午前10時からビールを呑むことは、断じて愚かなことでなく、むしろ賢いことなのである。


球場に入る前に買っていたビールはいつの間にか空っぽになってしまったので、スタンドを無駄なく、しかしひとりのお客も取りこぼさぬという強い意思を持って歩き回る売り子さんに対し、「ビールが飲みたい!」という強い意思を持って挙手をし、丁寧に注がれるビールを眺めながら、「甲子園はよく来られるんですか?」「ひょんなきっかけでチケットをもらったので……」なんてあまり意味のない会話を交わし、ビールを受け取り、750円を支払ってゴクリと呑む。こりゃ旨い。すかさず2口目のゴクリ。甲子園という特別な場所で呑むから旨いのだろうか。ゴクリ。それとも、平日の朝っぱらから呑んでいるから旨いのだろうか。ゴクリゴクリ。さては、自分の夢のために奮闘する高校球児たちを傍観しながら呑むから旨いのだろうか。おそらく全てだ。ゴクリゴクリ。


かの村上春樹はかつて、神宮球場の外野席で芝生に寝転がり、ビールを呑みながら野球を観戦していたときに、まるで天啓を受けたように「小説家になろう」と思い立ったらしい。実はぼくはこの日、甲子園のスタンドでビールを飲んでいれば、きっとぼくも偉大な小説家になることができる、そう思って1日中ビールを飲みながら甲子園で野球を観ていたのだけれど、蓋を開けてみれば、ほどよく酔っぱらっただけであった。でもそれはたぶん、席が内野席だったからなのだと思う。なので、今度は自分で外野席のチケットを用意し、よりたくさんのビールを呑もうと心に決め、京都へ戻るために駅から電車に乗り込んだ。

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