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トラウマの治療について②~4つのアプローチ~

トラウマの治療は、その方の実情に応じて複数のアプローチを組み合わせて行われます。

主なアプローチは①ケースワーク、②心理教育、③薬物療法、④カウンセリングの4つです。

①ケースワーク

トラウマとなる出来事や脅威が現在も継続している場合に行われます。脅威となっている出来事や加害者から離れて、これ以上の被害を受けない状況を作ることが目的です。

例えば、DVや暴力被害が続いている場合は関係機関と連携してシェルターに避難する手はずを整えたりします。

生活が困窮している場合は、その方の状況に応じて衣食住の確保や生活再建が行われます。

まずは、置かれた現実状況の安定が最優先で、必要に応じて福祉行政の支援を受けられるように、身の回りの資源を整えていくことも行います。

ご家族の動揺が激しかったり、家族の理解・協力を要請する必要がある場合は、その方の同意を得たうえでご家族と面談したりもします。

これらは、前稿の1)安心・安全の確保(安定化)の段階に相当します。また、3)の統合とリハビリテーションの段階では、医療機関のデイケアや就労移行支援事業所などを利用し、社会復帰のために必要なサービスを受けられるよう、関係機関や職場との調整を行うこともあります。

②心理教育

心理教育は、その人が自分に起きた出来事や、自分の心と身体に何が起きているかを正確に理解できるようになることを目的に行われます。

多くの方が、トラウマの症状だけでなく自分に何が起きているのかわからない不安を抱えています。

自分に対する知識を得ることは不安を減らすだけでなく、不要な罪悪感や囚われから脱し、治癒へと向かう力となります。

そもそも、トラウマの症状は異常な事態に対する正常で、自然な反応です。出来事の直後は激しい症状に襲われるのは当然で、それでも時間の経過とともに和らいでくるものもある。こうしたことを知るだけで、安心に繋がる方もいます。

また、トラウマの症状メカニズムについて知ることや、回復のプロセス、治療法について知っていくことも役に立ちます。

トラウマの症状は、条件が整えば誰の身にも起こるものです。自分が弱いから症状が出ているわけではないこと、決して自分は恥ずべき存在ではないこと、自分の行いが悪いから被害を受けたのではなく、加害行為の責任は加害者側にあることを知っていくことなど、心理教育はトラウマ治療で大変重要な役割を果たします。

例えば、被害に合った方は「なぜ、あの時抵抗できなかったのだろう?」「拒むことができなかったのだろう?」と当時の自分を責める傾向にあります。

ですが、これは勇気や気持ちを奮い立たせることができなかったとか、自分が弱いからだ——という文脈の話ではありません。

私たちは、目前に迫った脅威に対して生理学的な反応が自分の意思とは無関係に起こります。緊張し固まったり、頭が真っ白になって脱力してしまったり…。これは、逃げ場がなく抵抗しようのない状況で起こります。

それは何故かというと、抵抗をしていたらさらなる被害や危害を加えられてしまうかもしれないことを身体が察知し、被害を最小限にするために無抵抗の状態を作り出すからです。とにかく生きるか死ぬかの危機的状況を生き延びるために、私たちの身体は己の生命を守ることを最優先とします。

<だから、あなたは被害に合うのを良しとしたわけではない。このような極限の状態の中で、何とか生き延びようと必死だったんです。アナタの心と身体は、自分の命を守るために必死で戦っていたんです。決してただただ無抵抗を決め込み、相手を受け入れたわけではないんです>

こうした心理教育だけで、症状が緩和されたり、改善へと向かう方もいます。

③薬物療法

トラウマの症状が強く、生活の支障が大きい方には薬物療法が行われます。

フラッシュバックに対しては、通常よりも少ない量の抗精神病薬が使われたり、神田橋処方と呼ばれる特殊な漢方薬の組み合わせが用いられることもあります。

SSRIなどの抗うつ薬は、トラウマによって2次的に生じた抑うつ症状などに用いられますが、お薬によってはフラッシュバックを悪化させることもあるため吟味する必要があります。

薬物療法は、あくまで症状に対する対症療法として位置づけられます(あくまで症状を抑えたり減らしたりするもので、根本治療ではない)。

対症療法によって自然治癒力が引き出され、カウンセリングを受けずとも(お医者さんの診察のみで)治癒へと向かう方もいます。

トラウマの根本的な治療はカウンセリングですが、薬物療法はとても重要な役割を果たします。

トラウマの症状は、扁桃体の過覚醒や前頭前野の機能低下——といった生理学的基盤があるので、お薬によって身体の症状を和らげカウンセリングに向かえるだけの余裕を作ることはとても大切です。

また、薬物療法は環境の劣悪さを補う側面も持ち合わせています。
全ての方が、治療のための理想的な生活環境に直ちに入れるわけではありません。

なかには、環境調整が充分ではないなかで治療を進めるしかないケースもあります。この場合、置かれた状況が症状に関係しているのは確かなのですが、お薬による症状の軽減は環境からくる負荷を減らし、治療に取り組むための心と身体を整える役割を果たしてくれます。

ただし、このような状況で治療を進める際は、可能な限りの安心・安全の確保のために何ができるかを探り続ける(生活環境の整備、他に助けてくれる人や場所があるか?  助けてくれる人を増やすことができるか?etc…)ことが第一であることは言うまでもありません。

④カウンセリング

1)の安心・安全の確保(安定化)の段階でカウンセリングが行われる場合は、トラウマによって生じた現実的な問題にどう対処し、整えていくかが中心に話し合われます。

また、心理教育を通して、その方が自分の心と身体に起きていることを理解・把握できるようになることが第一に行われたり、症状コントロールのための方法をいくつか覚えていただくところからスタートしていきます。ここまで進み、土台が整ったところで2)の外傷記憶の治療へと進みます。

理論的には、対話を通して保留にされてきた苦痛や感情を段階的に体験し、引き受けられるようになっていくことで症状は和らいでいくとされています。

ですが、これは簡単なことではなく、苦痛があまりに強い場合はこのプロセスが上手く進みません。

対話を中心としたカウンセリングで治癒へと向かう方も多いのですが時間がかかり、症状による社会的な損失も大きくなってしまう方もいます。

対話中心のカウンセリングが困難な状態にある方もいます。

そこで、トラウマ処理と呼ばれる特殊な心理療法が用いられます。

苦痛があまりに強い出来事は、過去がいつまで経っても過去にならず、今に留まり続けます。トラウマ処理とは、脳の情報処理プロセスに働きかけることでトラウマ記憶や感情を過去のものとして位置づけられるよう援助していくアプローチです。

具体的には、EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)PE(持続エクスポージャー療法)が国内ではエビデンス(科学的に効果が実証されたもの)として挙げられます。

また、海外でエビデンスが得られているものとしてはTFT(思考場療法®)が、エビデンスは立証されていないものの、現場にて効果が確認されているものとしてはBCT(ボディコネクトセラピー)HT(ホログラフィートーク)BSP(ブレインスポッティング)SE(ソマティック・エクスペリエンス)などが挙げられます。

また、トラウマの症状は解離との関係も深いと言われています。解離という精神症状は、トラウマのインパクトによって記憶や感情・感覚が切り離されてしまった状態です。詳細は省きますが、例えばフラッシュバックは解離によって切り離された感情や感覚が、ふとしたきっかけで意識下に戻ってきた状態です。

こうした、解離の文脈からトラウマにアプローチする心理療法としてはUSPT(タッピングによる潜在意識下人格の統合法)自我状態療法が挙げられます。

ここに挙げた療法が全てではありませんが、私自身はTFTとBCT、USPTを使うことが多いです。これらの技法は安全性が高く、他の技法に比べて処理にかかる時間が短いため、受ける方の負担が少ないことなどが理由です。

どの技法・療法が優れているというよりも、それぞれの技法・療法には使い勝手や長所と短所があります。

どれが良いか?というよりも、どれがその人に合っているか?といった話になってくると私は考えています。また、治療の局面においては、今までBCTをメインで行っていたけれども、ここはTFTのほうがいいなということも起こります。

上記技法・療法を行う医師・心理士の多くは複数の技法・療法に精通している場合が多い印象です。

各療法のページには実施可能なセラピストのリストが載っているので、興味のある方、上記療法を受けてみたいと思われる方は、そちらをご覧いただくと良いかと思います。

(※本来であれは、1つ1つの療法についても解説していきたいところですが、私自身はこれらを語ったり教えるための資格を持ち合わせていないため、ご興味のある方はリンクを参考にしてください)

これらによって症状が安定してきた段階で、3)統合とリハビリテーションに入ります。出来事についての気持ちの整理や意味をとらえ直していったり、例えば休職中の方であれば、復職に向けて具体的に何をどうしていくか?を話し合っていくことになります。

~おわりに~

このように、トラウマの治療はどれか1つを行うというよりも、段階に応じて必要な治療・支援を組み合わせて行われることになります。

また、どの支援をどの専門職が行うかは治療機関によるところが大きいかと思います。薬物療法を行えるのは医師のみですが、心理士がカウンセリングの中でケースワークを行う場合もあります。

治療は段階を踏んでいくことがとにかく重要で、まだ1)安心・安全の確保(安定化)が行われていない状態で過去や感情に焦点を当てたカウンセリング、外傷記憶の治療に進むと悪化を招きます。

基本的に、カウンセリングは①ケースワーク、②心理教育、③薬物療法の3つがしっかりと行われ、1)安心・安全の確保(安定化)が行われたうえで行われるもの――と考えていただくと良いかと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ここまでで、トラウマに関する記事の特集はいったん終了となります。

いつか、トラウマと解離、愛着についての記事も書いてみたいのですが、次稿からは発達障がいや日々の雑考・気づきを記事にしていけたらと思っています。





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