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月の夜の共犯者 1.

「月の果てまで逃げ切ってやる。君の細い手を導いてー…」

スネオヘアーの共犯者がカーステレオから流れてきた。

今宵月が丸いうちに決行する。
君との共謀。

どんな奴を敵にしたって、僕は君と逃げ切ってみせる。
そうこの歌のように月の果てまで…。

車の窓越しから辺りを照らす満月を眺めていた。ふとバックミラーをみると君が慌てて走ってくるのが見えた。
肩まで伸びたウェーブの髪を揺らしながら、君は足早に車の扉を開けて僕の隣へと滑り込んできた。短いヒールの珊瑚色のパンプスとオフホワイトのニット、そして薄ピンクのプリーツスカートに身を包み手荷物は小さなボストンバッグひとつだった。

「待った?」
「いや、それほどでもないよ」
「あの人をまくのに時間が掛かって…。
ごめんね、こんなことに巻き込んで…」
「それは言わない約束だろ」

「でもー…」
そう続けようとした君の唇にキスをして、話しの続きをさえぎった。

ニットの袖からチラッと見えた君の白く細い手首には、紫色の生々しいアザが見えていた。

「ねぇ覚えてる?」
車を走らせ、無数の車のテールランプを見ながら君は呟いた。

「貴方と初めて出逢ったときのこと…」

「もちろん、覚えてるさ…」

初めて君と出逢ったのは、職場でのことだった。製造会社で働いていた僕のもとに、
「初めまして」と現れたのが君だった。

「貴方が管理部門責任者の松井さんですか?」

振り返りそこで初めて出逢った君は、
大きな瞳で僕を見つめていた。その肌はまるでこの世から消えてしまいそうなほど白くそして細かった。

ウェーブの髪からシャンプーのなのか花の香りがする。

「あ…ハイ、松井ですが…」
「初めまして、わたし営業部の中原馨です。
新しくここに配属されてきました。
担当者の方が話しやすそうな方で良かった…」

そうして僕たちは初めて握手を交わした。

流れる景色が窓に揺れる。
様々なネオンライトも窓に揺れる。

「ねぇ、貴方はこうなったこと後悔してない?」

赤色の信号になったとき、甘えるように僕の手に自分の手を重ね馨は尋ねた。

「馬鹿なこと言うなよ。まだ始まったばかりだぜ。僕たちは共犯者なんだから」

「共犯者?」

「そう共犯者。一緒に逃げ切るって決めただろ?」
「えぇ…でもきっとこの事がバレたらあの人は黙っていないわ」


赤信号が点滅をして青信号へと変わった。
車はゆっくりと発進する。

「そんな事は構わない。僕は君が傍にいてくれるなら、他は何も要らない。君は…それじゃ不満かい?」

「そんなことない、私はソウが居てくれたらなんでもいいの。だけどもし居場所が見つかれば貴方に酷いことするんじゃないかって。あの人ならやりかねないわ…。」

「気にすんな。そんなことは十も承知の上だ。月の果てまで逃げ切ってやろう…そしていつか落ち着いたら陽のあたる場所へ行こう」

僕達は月が煌々と照らす夜道をあてもなく、どこまでも走り続けていた。

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