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丘のうえのハウゼン博士 その2


丘のうえのハウゼン博士の家
屋根のうえの風見鶏が特徴の古い洋館だ。
燻んだオレンジ色の屋根と白い漆喰の壁。

ここに来ると時代を遡ったような雰囲気に包まれる。

「藍美お待たせ」
もの思いに耽っていると、ハウゼン博士はマイセンのカップにはいった熱々の紅茶を出してくれた。

キラキラと黄色にカップが輝いている。

「わぁ、素敵な陶器だねぇ!」
ハウゼン博士の家にあるコーヒーカップはいつもお洒落だ。

「これはコスモポリタンという種類のものだよ」とハウゼン博士はにっこり笑った。

5年前、たまたま出逢ったハウゼン博士とわたしだったけれど今ではすっかり親友のようになっていた。

わたしがたまたまハウゼン博士の家を見惚れていたあの日初めて洋館に招かれることとなった。

まるで映画や小説の世界に足を踏み込んだようで胸をときめかせながら、家の中へと招いてもらった。

重い木目調の扉を開けるとカランコロンとドアチャイムが鳴り、とても広い灰色の石の玄関が姿を現す。

高い天井にはシーリングファンが付いていて、風が吹き抜けている。

そして何より今までに見たこともない、調度品が所狭しと飾ってあった。

「わぁぁ!!」

年季のはいった調度品を初めて目の当たりにして、わたしは思わず大きな声を出してしまった。

「驚いたかい?僕は貿易商として居留していた期間が長いから、こうして色々なものが集まってくるんだよ」

ビロード生地の服に包まれた人形に、和洋が織り交ぜられた玉色の箱、キラキラ光る置物などが玄関横の下駄箱のうえに飾られていた。

「こんなの初めてみました!!とても素敵です」
わたしがあまりにも無邪気にはしゃいでいた為か、ハウゼン博士はおかしそうに

「気に入ってもらえたら良かった」と言った。

一通りお互いの自己紹介が終わったあと

「藍美は、うろこの家というのを知っているかい?」と尋ねられた。

「ごめんなさい、よくわからないです」

「そうか、良いんだよ。
この街は江戸時代から特別な友好条約を外国と結んだ街でね、むかしから貿易がとても盛んだったんだ。僕の祖父もね、日本が大好きでこうやって日本と母国の貿易を支えていたんだよ。

うろこの家というのはね、この街にある外国人居留館のひとつでね、そこの外観を取り巻く天然の石がまるで魚のうろこみたいだから、「うろこの家」という名前が着いたんだ」

「そうだったんですね、わたしはこの街がやたら坂道が多いなぁとは思っていたのですが、そんな歴史があったなんて知りませんでした」

「無理もないよ、藍美はお父さんの都合で全国を転々とまわっていたのだから…。そうだ僕の奥さんを紹介しないといけないね。こっちに来てくれるかな」

そうしてハウゼン博士が通してくれたのは、一階の奥にある部屋だった。

ハウゼン博士はコンコンとノックをし、

「メアリー入るよ」というと

「どうぞこちらへ」とわたしを入れてくれた。

大きな出窓があるその部屋には1人の女性がいた。
正確には1人の女性がベッドの中で座っていた。ブロンドの長い髪を三つ編みに結ってどうやら本を読んでいたらしい。

「アラ貴方ドチラノカタ?」

辿々しい日本語でハウゼン博士に尋ねると、
ハウゼン博士はメアリーと呼ばれたそのひとに近づき

「こちらは藍美。僕らの家に惹かれてやってきた可愛らしいお客さんだよ」と呟いた。

「アラソウナノね。イラッシャイ」と微笑んでくれた。手を差し出されたのでベッド傍まで近寄ると優しく頬を撫でてくれた。

「またイツデモ来てネ」とメアリーは言ってくれた。
部屋を出たあとハウゼン博士は、再びわたしをリビングに通してくれ
「メアリーはあまりこの先長くはないんだ」と言った。

家で過ごすことが精一杯で、誰とも交流が出来ていないからわたしが来てくれて嬉しいとも話していた。

その日以来、わたしはちょくちょくハウゼン博士の家に足を運ぶこととなった。

ハウゼン博士とメアリーに会いに行くために、そしてもう一つの約束を守るために。


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