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その日、わたしは人魚になった。

その日わたしは人魚になっていた。
なぜ人魚になっていたのかは、分からない。
とにかくその日わたしは、海を泳ぐ人魚になっていた。
タプタプと揺蕩(たゆた)う波と海の温度が気持ちいい。

何処までも続く碧いあおい海のなかを、
スイスイとなに不自由なく泳いでいた。
なのに突然なぜだか、あれほどおだやかだった海は荒れてしまった。
その世界のルールのようなものに阻まれ、問題解決をしなくてはいけなくなってしまったのだ。

もといた世界に戻ろうと、からだを必死に動かすも身体はまったく身動きをとれず、水中からも顔を出せず、とにかくもがいてもがいて考えているうちに、気づくとそこは現実の世界だった。
「あぁ、夢か…」

ハッと目を覚ますと、なれ親しんだわが家の光景が目には映っていた。

どうやら私はコタツに入っているうちに、うたた寝をしてしまっていたらしい。

目の前に広がる世界にホッと安堵すると共に、何だか少しだけ寂しい気もする。

「オフロガワキマシタ」

浴室からの声と共に、わたしは徐に立ち上がり
お風呂に入る準備に入った。

そうだ、今日は湯船で人魚になろう

そう思った。

そうその日わたしは深いふかい眠りのなかで、人魚になる夢をみた。
夢のなかは不思議な世界だ。
現実にはなり得ないどんなものにも、すんなりとなれてしまうから。

例えば二足歩行のトラにも、宙に浮かぶサーカス団のピエロにも。
なんだったら今日みたいに海を泳ぐ人魚みたいにも。

夢だと気づかなかったわたしは、
何かに必死にもがいていたけれど、現実だって何かにもがくことはある。
答えの見えないことに悩んでもがくことだってある。

正解とか不正解とかなにもない世界で、
求める先に答えがあると思いながら探すこともあったりする。

とにかくその日わたしは人魚になったつもりで、湯船のなかの大海原を漂って過ごそうときめお風呂場へと足を運んだ。

目を閉じれば自由だ。

ザブンと浸かった湯船の先は、青々と光る大海原が広がっていた。



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