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気に留めなければ、何気ない木曜日。

雨が降り、蒸し暑い木曜日の昼過ぎ、私は仕事の用事でしか訪れないタイムズスクエアに来ていた。用事を済ませ、次の仕事先であるハーレムへ行く為、地下鉄へと急いだ。NYの地下鉄でも、改札口でピッとするだけで通り抜けられる様になり、すり減って反応が悪くなったメトロカードを何度も試しながら苛つく事もなくなった。ときどき改札口を飛び越えて無賃乗車をする人を見かける。っが皆、見て見ぬふりをする。良くも悪くも「Mind your own business 」っというわけだ。他人の詮索よりも、ご自身の心配をっ。という意味である。

私は学生時代までを日本で過ごした。「誰かの為にした親切な行為は回り回って自分の元に戻ってくる」っと教わった。ところがそんな親切心は、回り回ってどこかへ消えてしまう事があるのがニューヨークの街だ。時に、優しさが弱みとなり、静かな性格は主張がないっと評価を受ける。そんな時は落ち込んでいる暇もなく次の仕事へと気持ちを切り替えて進むしかない街なのである。

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ピッっと改札を気持ちよく抜け、行き先のサインを目で追いながら早足で歩いていると、若い女性が2歳くらいの女の子を抱き抱えながら床に座っていた。段ボールで作ったサインには、ヘルプして欲しいっというような内容が書かれていた。

横目で見ながら通り過ぎたものの、足が止まり、二人の所へ向った。

前日に、Netflixで「メイドの手帖」っというアメリカのドラマでDV夫から着の身着のまま子供を抱いて逃げ、シェルターで暮らすシングルマザーの物語を見ていた事もあり、何か私に出来る事があるならばっと思いたったのだった。

彼女の隣にしゃがみ込み、どうしたのか尋ねてみた。その時、彼女のお腹が大きい事にも気づいた。近くで見ると、21、22歳くらいで、どこか子供っぽい表情をしていた。スパニッシュ系の彼女は拙い英語で、「ニュージャージに住んでいる」「お金がなくなって帰れない」「暑い」「2週間後が出産予定日」などと話してくれた。私はキャッシュを持っていなかったので、Venmoなら送れると伝えると、「銀行口座がマイナスだからVenmoが使えないっ」と大きな目で伝えてくれた。

私は地下鉄の外にある銀行で現金を引き出して来る事にした。一瞬だけ、今$2.75ピッとしたばかりだな、っ思ったが考えない事にした。「少ししか渡せないけど、戻って来るから待っててね」と伝えた。私に突然話し掛けられて怖かったのか子供がギャン泣きしていた。

いくら渡せばいいのだろうかっと悩みながら銀行へ向かった。普段はポケットに入ってる小銭や数ドル程だろう。

私が22、3歳の頃、タイムズスクエア近くの地下鉄構内で80歳〜90歳くらいのアジア人のお婆さんが紙コップを置き、静かに小さくなって座っている姿を時々見かけた。コップには小銭が少し入っている程度だった。私は9歳の時に亡くなった曽祖母の事が好きだった事もあり、そのお婆さんの事が気にかかり、数ドルコップに入れていた。3度目あたりから、私の顔を覚えてくれたのか、笑顔を返してくれる様になった。半年間ほど、姿を見なくなり気にかけていた頃、また同じ場所に静かに座ってるお婆さんを見かけた。私はとても嬉しくなり、$40をコップに入れた。お婆さんは、小さく座ったまま、ふと顔を見上げ、眩しいくらいの笑顔を向けてくれた。そして両手を伸ばし、目に涙を浮かべながら、私の手を優しく握ってくれた。とても細い手だった。言葉は交わさなかったけど、お互い頷きあった。私の事を覚えていてくれた事が伝わってきた。その時が、お婆さんを見かけた最後の日となるのだった。

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Venmoを開いてみると、記憶にない$30が入っていた。この$30を口座にトランスファーして、引き下ろす事にした。ポケットに$30を入れて駅に戻り、再びピッと改札を通り抜け、彼女の所へ向かった。

さっきと同じ場所で親子を見つけると、笑顔で迎えてくれた。$30を手渡し、こんな時どんな言葉をかけるのが良いのかと思いながら、彼女の腕を優しくさすった。「Good luch with everything」と伝えると、大きなお腹でハグをしてくれた。どうしてもこのまま去る事が出来ず、携帯番号を交換する事にした。もしまたNYで緊急な事があった時は連絡してね、っと伝え私のファーストネームをテキストで送信した。その場を後にすると、すぐ彼女からテキストが返ってきていた。そしてハーレムへと急いだ。

先日、アパートの掃除を業者に頼まなくてはならなかった時、祝日で空きがなく、Task RabbittというUberの何でも屋みたいなアプリを使った。たまにランダムな用事で使う事があるのだが、とても助かる。2時間の掃除でサービス費も含めて、$200を払った。明らかに業者と比べると、満足がいく掃除ではなかった。その日は若い学生っぽい女の子が、リュックにキッチンペーパーとスプレー洗剤だけを詰め元気にやってきて、掃除をしてくれた。せめてもの気持ちで良いレビューを書いた。またお願いする事はないだろうが。。。

もし今日会った彼女が、またお金に困っている時は、掃除の仕事などは興味があるだろうか、、などと思いを巡らせたりしていた。

ハーレムに訪れるのはパンデミック以来、約3年ぶりくらいだった。クライアントのアパートへ向かう途中、ホームレスの方々をたくさん見かけた。女性も子供も目にした。先ほどの親子に特別な気持ちを持った事に対して罪悪感が生まれた。そんな気持ちを振り払い、自分の仕事に集中する事にした。

仕事を終え、地下鉄でアパートの最寄り駅まで戻り、そこからUberで帰る事にした。荷物がある時はいつもそうしている。$8〜$10かかるけど助かる。すぐにやってきたUberにHelloっと乗り込み、荷物を乗せていると返事がないドライバーさんが、振り返りながらこちらを見つめている。目を合わせてみると、ジェスチャーで耳が聞こえない。と伝えてくれた。車内にもI'm deafというサインがあった。OKっと言って微笑み返したが、マスクをしていたため伝わったのかが分からない。今日あった出来事を思い巡らせているうちに、アパートのエントランスに着いた。うちのアパートのエントランスは、やたら高級感がある。マンハッタンが川越しに一望でき、ひらけた所に立った高層マンションは帰ってくる度に、ハッとする。時より気分によっては重荷になる事もある。

コロナでここに引越してくるまでは、ローワーイーストサイドに住んでいた。うちの住所を伝えてタクシーで帰宅すると、いつも私のアパートの隣の高級マンションの前に止まられる。「いえ、ここではなく、、その隣のゴミが積まれた古いびたアパートです。」っとジョークを混ぜながら、もう少し進んでもらう時もあれば、そのまま降りる時もある。夜など、うちに入るまで見届けてくれるドライバーさんには、変な気を使わせたのではないかっと気になったりするのがめんどくさかったりもした。綺麗なエントランスのアパートに帰ってくる憧れもあった。

Thank you. Thank you. と大きな声でゆっくり言ってみたけど、あぁ、マスク。あぁ、聞こえないんだっと、あたふたしていると、ドライバーさんがとびきりの笑顔でグーサインをしてくれた。私も笑顔でグーサインを返した。

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ベットの上でリラックスをしながら、メイドの手帖の続きを観ていた。21時ごろ、彼女からテキストが届いた。無事に家に帰れた報告かな?っと思いメールを開くと、何語か分からない言葉で一文だけ送られていた。グーグルトランスファーをしてみたら、「You are crazy」っと表示された。何かの間違えかと他のアプリなどを使っても同じになる。不安な気持ちがこみ上げ、私が名前を送った直後に送り返してくれた、彼女の名前だと思っていた言葉もトランスファーしてみた。「The Chinese」っと表示された。ポジティブに考えようとすればするほど、胸騒ぎがしてきた。直感的にこのまま連絡を取り合うのは良くない気がして、ブロックさせてもらう事にした。

そのままメイドの手帖を最後のエピソードまで見終わり、次の日の仕事の準備をした。明日も忙しい1日になるっと気持ちを切り替えた。

そんなニューヨークの空はすっかり暗くなっていた。













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