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NYCショート vol. 2 / ファーザー・オブ・アッパー・イースト・サイド

 「バーガーズ・アンティル・ 1 AM」。
 ここにしよう。
 このネオンサインを見て、すぐに決めた。

 12時過ぎ。
 このあたり、意外とこの時間帯になると、食べたいものがなかなかない。
 24時間営業のダイナーに行くか、それともピザかチキン・オーバー・ライスかファーストフード。
 ミッドミッドタウンまで行くともっと選択肢は増えるし、日本食も何軒か空いてるけど、そこまで足を伸ばすのも億劫だな。
 そんなことを考えながら、フラフラしていたら、見えたんです。
 「OPEN」の青いネオンサインのとなりに。

 テーブル席には二組。
 そのうちの1人は、ラップトップを広げて何か作業していました。
 徐に立ち上がり、バーの中に入ってい、自分でドリンクを作ってまたテーブルに戻ったんで、多分ここのマネージャーかオーナーだろう。
 閉店間近だったせいか、バーテンダーは1人。
 バーにはお客さんが3人。
 年配の白人男性と金髪の白人女性2人。
 3人ともかなりお酒が入っているようだ。
 1人の女性はヨーロッパ風かな。背が高い。普通に175センチぐらいありそうだ。
 もう1人の女性は多分アメリカ人だと思う。
 身長は155センチあるかないか。小柄でスリムな体型。

 まだキッチン空いてる?
 念の為バーテンダーに聞いたら「もちろん」。
 そうだよね「バーガー・アンティル・1AM」と出てたから。そう言ったら、バーテンダーは嫌な顔一つしないで「毎晩そうですよ。7デイズ・ア・ウィーク」と教えてくれた。

  メニューを見ると、ハンバーガー、たったの13ドルじゃないか。
  これってこのあたりで、テーブルに座って食べるハンバーガーとしては安い方。
 これしか頼む気はなかったんで、ハンバーガーとビールを頼んだ。

 白人の男性と小柄な女性の方が、タバコを吸いに外に出た。

 ハンバーガーを食べていると、ヨーロッパ風の女性が、わたしに声をかけてきた。
 「このあたりに住んでるの?」
 そこから色々と話し始めた。
 初めはモデルとしてエージェントと契約し、スロヴェニアからニューヨークに引っ越してきたそうだ。20年以上前の話だけど、と笑顔で付け加えた。
 今はソフトウエアの会社を、自ら経営しているらしい。
 結構酒が入っているのはわかってたんで、あんまり詳しい事は聞かなかったけど、話しているうちに仲良くなった。
 タバコを吸っていた2人も戻ってきて、4人でああだこうだと話しているうちに白人男性が、わたしに「キミにドリンクを買いたい。もう一軒行こう」と言い出した。
 この白人男性の名前はビル。
 「みんな、わたしのことは『ファーザー・オブ・アッパー・イースト・サイド』と呼ぶんだよ」
 そう言いながら少し歩くと、ビルは「そんなに歩けないから」とタクシーを拾った。

 「次の道を右に曲がって真っ直ぐ。近くだけど、ちゃんとそれなりの支払いするから」

 そう言ったビルは、1ブロック半先のバーについた時に、運転手に100ドル札を渡していた。

「ご近所さん御用達の店」らしいけど、近くにあるハンター・カレッジの生徒たちもよくここを使うらしい。

 たどり着いたバーは「Bedford Falls」。
 このあたりに住んで5年近くになるけど、ここは知らなかった。

 入ったら、バーにいるほとんどのお客さんは、ビルのことを知っていた。
 また会ったね、みたいな感じでみんなとハグしたあと、バーテンダーを紹介してくれた。
 ビルの友達か?と握手を求められ、何を飲む?と聞かれた。

 どうしようかなと一瞬悩んでたら、ビルが「もう頼んだから大丈夫だよ」と言うと、はい、とジン・トニックをくれた。

 いつの間に頼んだのか、全くわからない。

 みんなで乾杯した。

 小柄の白人女性の方が、何の曲が聞きたい?と聞いてきた。
 二曲ほどあげると、すぐに彼女は携帯で探してくれた。
 この店のジュークボックスは、携帯から曲を入れることができから、と。
 そうか、今更だけど、そんなの当たり前なんだろうな。
 彼女もこの店の常連らしい。
 「TV番組の『チアーズ』みたいなところなのよ。みんな知り合い、ご近所さん御用達の店なの」と説明してくれた。

 けど「チアーズ」って、わたしが大学生の時にやってたコメディ・ドラマだけど?と聞いてみた。
 本当は、幾つ?と歳を聞こうと思ったけど、いきなりそれはデイレクトすぎるかな、と思って。
 そしたら「わたし39歳。でも昔から『チアーズ』はよく見てたわ」から始まり、生まれたのはケンタッキー州、自分は保険業界で働いていると、自ら経歴を色々と教えてくれた。その後に、あなたは何をやっているの?と聞かれた。
 話しているうちに、電話番号交換しようと、彼女はわたしの携帯をとり、自ら名前と電話番号を登録して「一回、わたしにかけて。あなたの電話番号がわかるから」と言われた。
 その通りに、一度だけ鳴らした。

 その後もビルと女性二人と30分ほど飲んだ。
 「もう飲み過ぎたから、帰るわ」
 ビルはそう言うと、みんなの分払うから、これね、とブラックのアメックスをバーテンダーに渡した。
 バーテンダーは「みんな?」と聞き返した。

 そう、みんな、ここにいる全員。
 我々だけじゃないよ、バーにいる全員の分ね。
 念を押すように、そう説明していた。
 もう遅かったので、そんなに混んでいなかったけど、少なくともお客さん、20人はいたと思う。
 もう眠いから、明日、サインしに戻ってくるよ、とカードを置いたまま店を出ようしたから、わたしは一応「いいの?」と確認した後に、ドリンクありがとうね、と一言付け加えた。
 よく見ると千鳥足だった。タクシー捕まえようか?
 そしたら「もう車呼んだから大丈夫だよ」とビルはニコッと笑って答えた。

 いつ呼んだのか、全くわからない。

 家は近いの?と聞いたら、ビルは「すぐそこのトランプのビルのペントハウスだよ」と言うと、じゃまたね、と店を出て行った。

 一体、何をやっている人だろう。
 79歳だと言ってたけど。

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