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瞬間小説​『クリスマスキャロルはチャルメラで♪』

はじめに「クリスマス残業」ありき。

クリスマスイブは、恋人のいるリア充たちが早上がりする分、非リア充組である僕の仕事が増える訳だ…。まあ、毎年の事だけど…。

でも、ずっと大好きだった総務部の田中さんがウキウキした様子で早上がりしてったのは、さすがにショックだった…。彼女の魅力を分かってるのは自分だけだと思っていた僕がバカだった…。彼女に話しかけることさえ出来無かった自分が情けなくて情けなくて、苦しさと寒さで心が凍えそうだ…。

クリスマスイブの夜、イルミネーションに煌めく街を後にして、僕は背中を丸めトボトボと家路へと向かっていた。
最寄の駅からアパートへ向かう道は、さびれた郊外の薄暗い住宅地だ。
さすがにここまで来ると、もうクリスマスっ気はほとんどない。

チャリル~ララ♪ チャリラリルラ~♪

「ん? チャルメラの音? こんなところにラーメン屋台なんて珍しいな…。」

チャルメラの音を頼りに道を曲がると、そこには今時珍しい古びた屋台に、「ラーメン」と書かれた、赤いのれんが小雪混じりの風になびいていた。

「へい! らっしゃい!」

屋台の中には、ハチマキをした店主らしき白髪のおやじと、
向かいの席には、屈強な体に似合わずつぶらな瞳の双子の男が座っている。

おやじ「あいよ! クリスマスラーメンじゃ!」

僕が座るやいなや、目の前におやじの親指が入ったラーメンが置かれた。

僕「あれ? 僕まだ注文してないけど? なにそのクリスマスラーメンって?」

おやじ「うちのメニューはこれだけじゃ! 選ぶ手間が省けていいじゃろ? 」

僕「はあ…。まあ、いいか…。」

この屋台の唯一のメニュー「クリスマスラーメン」は、どう見ても昔ながらの普通の醤油ラーメンだったが、星型のナルトだけがクリスマスを主張していた。

おやじ「そいつを食べると、願いがかなうんじゃぞ?」

僕「別に願いなんて無いですよ。あえて言うなら、リア充爆発しろってところですかね。」

そんな悪態をつきながら、僕はクリスマスラーメンの麺を一口すすった。

僕「う、うまい! なんだ、このラーメンは!? う・ま・い・ぞーー!」

あまりのうまさに、凍てついていた心が解け出すかのように、涙が溢れ出す。

僕「ちくしょう! どいつもこいつもイチャイチャしやがって、キリストの誕生日だってのに不謹慎なんだよ! だいたいサンタってなんだよ! サンタなんているはずないだろ!」

僕は号泣しながら、一心不乱にラーメンをすすった。

僕「うう…、田中さん…。」

キラキラと煌くイルミネーションが、涙でにじんでゆらゆらと揺れていた。

僕「あ、あれっ? ここどこ!?」

気がつくと屋台は、クリスマスのイルミネーションに包まれた、銀座の繁華街の中にあった。

「すいません! ラーメンください!」

女性が一人、のれんをくぐって入って来るなり僕の隣にどかっと座り、出てきたラーメンを豪快にすすりながら、号泣しはじめた。

僕「ああ、この人もラーメンのあまりのうまさに…。分かる分かる…。」

そう感慨にふけりながら、僕は泣いている女性の顔を横目でチラ見した。

僕「た、た、た、田中さん!?」

田中さん「え? 北原くん!? 北原くんなの!? …北原くん!!」

そう言うと田中さんは、堰を切ったようにいっそう泣きじゃくりながら、突然、僕に抱きついてきた。

僕「えっ? えっ? えっ? どうしたの田中さん! って、なんで僕の名前知ってるの!?」

田中さん「私、だまされてたの! 好きだなんて嘘だったの! 私なんかが愛されるはず無かったの! 私、バカみたい! ほんと、バカみたい! 」

田中さんの涙と鼻水が僕のスーツに染み渡る。

僕「大丈夫! 大丈夫だよ! 田中さんを本気で好きになる人だっているよ!」

田中さん「そんなの嘘! 適当な事言わないで! そんな人いるわけないわ!」

僕「嘘じゃないよ! だって僕が! 僕が田中さんの事、大好きなんだから!」

田中さん「え…?」

気がつくと屋台は、僕と田中さんを乗せたまま、東京の夜空を飛んでいた。
眼下には、舞い散る雪の中、クリスマスのイルミネーションが銀河のように煌いている。

前を覗き込むと、2匹の大きなトナカイが空飛ぶ屋台を牽引し、赤い服を着て白ひげを生やしたおやじが手綱を操りながら、僕にウインクを飛ばしてきた。

普通なら、慌てふためくべき状況だったかもしれない。
しかし、今夜はクリスマスイブなのだ。

イルミネーションの銀河の中で、僕と田中さんは自然に寄り添っていた。

田中さん「ねえ。さっき、私がなんで北原くんの名前を知ってるか?って聞いたでしょ? …あのね、私ずっと見てたんだよ? 北原くんの事…。でも、北原くんったら、すぐ目をそらすし、私嫌われてると思って落ち込んでたんだよ? そんな時、あの人に愛してるなんて言われて…。」

僕「えっ? ほんと!? 僕もずっと田中さんの事が大好きだったんだけど、勇気が無くて…話しかけられなくて…。だから、今はなんだか夢みたいで…。」

田中さん「嬉しい…。」

ちゅ♪

初めてのキスは、醤油ラーメンの味だった。

「メリークリスマスラーメン! ホーッホッホッホッホー!」

聖なる夜、チャルメラのクリスマスキャロルが、雪の夜空に鳴り響く。


<完>

【「大きなモミの木の下で by ならざきむつろさん」参加作品】

☆表紙絵 by さとねこと さん → https://note.mu/satonekoto

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