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#文字でスケッチ

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眼前の光景に心のひだが震えた。絵に留めるかシャッターを切るか。いや僕らには文字がある。どの一瞬も文字で切り取ることができる。文字ならではの流麗さを以ってスケッチを試みる。#文字で…
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2022年8月の記事一覧

ある夏の日曜日 アメリカのおへそ辺りで

毎年恒例の夏休み長距離ドライブ旅行。ちょっと一休みに、一番近いスタバを目指して高速を140kmでずっと飛ばして走っていた。幾つかの高速道路が交わる田舎町で出口を降りた。 店の周りをドライブスルーの車の列が一周している。私はすぐ横のホテルの空き駐車場に車を停めて店内に入った。 入った瞬間から何だか雰囲気の良さが伝わってくる。 ぽっちゃり目のメガネ女子。 背が高くて大柄な女子。 そして、金髪ボブカットでドライブスルー担当女子。 みんな生き生きと働いている。チームワークも良さ

台風の日|#文字でスケッチ

小学校の空き教室を利用しての、放課後児童支援事業。土曜日は朝から開所して、留守家庭のお子さんを預かる。土曜日は、参加者が少ない。だいたい10人程度だ。台風接近中なので、更に今日は少なく、3人だと連絡があった。 私は午後のシフト。まだ暴風にはなっていず、雨も小降りで、傘をささずに歩く人も多かったが、眼鏡をかけている私は、レンズに水滴が着くのを避けるため傘をさして職場へ向かった。 職場に着き、傘立てを見ると大人の雨傘3本と子どもの雨傘3本が刺さっていた。子どもの雨傘は乱暴に閉

番外編 風が吹いている #文字でスケッチ

 風が吹いてきた。    ゆらりゆらり。  間合いを図ろうとするが、気まぐれな風はもう止んでいる。  またか。今の時期の風は一定ではない。ぐるぐると回り、ふわふわと踊って、他を翻弄する。こちらの都合に合わせてはくれない。  移ろいやすい風を掴まえるのは難しい。    また、風が吹いた。  先ほどよりは強くしっかりとした風だ。  これに乗れるか。ゆらりゆらり。揺れながら、風向きを確かめる。透明な羽が左右に頼りなく振れる。朝日を跳ね返して光が飛び散る。  未だ駄目だ。未だ風向きは

ちょっと早足で行く。

僕は、通勤経路の三分の一を徒歩が占めている。およそ1時間の通勤時間の中で、ほぼ20分が徒歩の時間になる。 その20分は駅から職場までの道程である。駅を出て、信号をいくつか待つ以外は、歩き続ける。ちょっと早足で行く。 春の頃は、早足を意識するとか、どこかに近道はないかと探していたけれど、いま道は決まった。早足でいなくちゃという意識はなくなりつつある。 改札を出て、駅から続くモールの通路を渡り、階段を降りる。階段の縁の凹凸を足の裏(指の付け根あたり)で感じながら。目の前の信

お母さん、いいんだよ

ニャークスのヤマダさんに、お久しぶりの気持ちをこめてこちらに参加します。 ちなみにヤマダさんと言えば花丸恵さんと企画されていた#100文字の世界でご存知の方もいらっしゃるのではないでしょうか? ※こちらへの投稿期間は終了しております。 私が以前投稿させてもらったのはこれ。 懐かしいですねー。 そして、今回の企画概要はこちらです。 「集めたスケッチはWeb展覧会を模してマガジンに集約していきます。」との事。 文字だけで場面を切り取ってなるべく写実的に繊細に表すというの

あげる / #文字でスケッチ

気配に顔を上げると、胸の前でソフトクリームを持つ女性が視界を横切った。 と、その女性の後ろには女の子が“続いている”ことに気付く。 やや力の込もった足取り、背を透してソフトクリームに吸い寄せられている眼差し、何より右手に握られた長めのプラスチックスプーン。 スプーンは槍のように垂直上向きで、歩き方と視線も相まって、やにわにトランプ兵を思う。 あぁ、前の追われる“アリス”は女の子の母親なのかと合点する。 お母さんが僕から2席分空けたベンチに腰掛けると、ソフトクリームも自ず

#文字でスケッチ

こういうことじゃなかったらごめんなさい。 私の人生で、一番焼き付いた出来事だったんです

チリソースの羽衣

 そのお店は赤坂にあった。  絨毯が敷かれており、歩いても音が立つことはない。白い円卓は、隣が気にならない距離感で、卒なく配置されている。  耳をすませば、僅かばかりに話し声が聞こえ、目を凝らせばようやく、隣の円卓で何を食べているかがわかる。  隣は何を食う人ぞ。  気にはなるが、間違っても目を凝らしてはならない。ここは言わずと知れた高級中華のお店なのだ。  円卓の上には、海老のチリソースが盛られた白い皿が置かれている。  これは私が望んで注文した一皿だ。その様子は、こ